3



 夜、点は初めて夢の中で鳥乃を見た。夢の中で、鳥乃は笑っていた。初めて見る鳥乃の笑顔に、点は訳も分からず胸の奥が熱くなった。
 夢の中で、鳥乃は饒舌だった。
「わたしのことなんて誰も知らないし興味もない冬生まれだからって冬が好きな訳でもないし靴下が嫌いなのは髪が長いせいじゃない。ねえ点、わたしは、鳥なんかより深海魚になりたいよ。光の届かないところで呼吸がしたいよ」
「鳥乃、」
 夢の中で、点の声は鳥乃に届かなかった。鳥乃は突然いつもの無表情に戻ると、ぐるりと点の方を振り返って彼を見つめた。睨むように見つめた。
「点ならいいかなあ…」
 鳥乃はセーラー服のボタンに手をかけた。上から順番に、ひとつずつ外していく。その手つきには一切の迷いもなく、三十秒もしないうちに鳥乃の白い上半身は、うす暗いリビングの中でぼんやりと発光していた。あばらが浮くほど痩せた鳥乃の腹には、思わず目を逸らしたくなるようなひどい傷がたくさんあった。ひっかき傷や、切り傷や、火傷や、刺し傷のようなもの。鳥乃が腕の包帯を取ると、やはりその下には、無数の傷が隠れていた。治りかけた古いものから、今にも血があふれ出るのではないかと思うほどの生々しいものまであった。点は思った通りだ、と思い、同時に吐きそうになった。
 口元を押さえてえずいた点の両腕を、いつの間にか近づいていた鳥乃が掴んだ。予想以上に強い力に、点は恐怖を覚えた。点を見つめる鳥乃の目は、点を見ていながら、どこかもっと遠くに向けられているような気がした。
「点なら、いいかなあ?」
 鳥乃はつよい力で点を押し倒した。リビングの冷たい床に座り込んだ点の腰の上に跨って、鳥乃は口元だけで笑っていた。それがとても怖かった。

 目が覚めて、点の眼前には見慣れた天井があった。当たり前だが鳥乃はいない。そのことにホッとして、点はベッドの上で上半身だけ起こした。ぎしり、と木のきしむ音がした。
「鳥乃…」
 点は真っ暗な部屋の中で、蚊の鳴くような声で呟いた。何かが悲しくてたまらなかった。自分が泣きそうだと思ったけれど、夢の中でも現実でも、涙は一粒もこぼれなかった。



 



-エムブロ-