冬瓜



「今日から、本格的に冬だって」
 朝の歯磨きを終えて髪を梳かしていると、交代で歯磨きを始めた弟のいずみがぽつりとつぶやいた。だらしなく頬をゆるめて窓の外を見ている。
「どおりで寒いね」
 わたしは大げさに震えてみせたけど、いずみはどうでもよさそうに、降り始めた雪を目で追っていた。
「さくら、今日一緒に行くよね?」
「んー」
 いずみの質問に対するわたしの曖昧な返事を彼は肯定と取ったらしく、緩慢な動きでこちらを振り向いた。
「自転車とバスどっちにしようか」
 そう言ったいずみがあまりにも楽しそうに笑うものだから、どこへ行くつもりなのかも聞けなくなった。本当はこんな寒い日に、一歩だって外へ出る気はなかったのに。

 いずみは家でも学校でもわたしにべったりだ。おかげで最近は何の根拠もない妙なうわさをたてられて少し困っている。
 小さい頃いずみが、わたしたちが仲のいいことをからかった男の子を殴ったことがあった。ふだんはそんなことしない大人しい子だったからみんなびっくりして、いずみではなくその男の子が叱られた。その場では男の子を泣かせたくせに、ふたりきりになるといずみは途端にわたしにすがるように抱きついて、その子よりも盛大に泣いた。ひくひくとしゃくり上げながらいずみが言った言葉が、何年経ってもたまに頭をよぎる。ぼくはさくらだけでいいのに。ねえ、なんでみんないるの?
 いずみは今もあのときと同じ気持ちでいるだろうか。こわい気もするけど、いつか問うてみたいと思う。わたしも最近、いずみの気持ちが少し分かるのだ。ふたりきりというのはどんな世界なのだろうなんて、高飛車なことを考えては虚しくなる。全て夢想でしかない。

 自分から誘ったくせに、いずみはわたしが準備をしている間に居間のこたつで眠ってしまっていた。すやすやと寝息を立てるいずみの隣にもぐり込みながら、ぐうぜん当たってしまったみたいなふりをして触れた足はゾッとするほど温度がなかった。
「さくら」
 起きたのか寝言なのか、ふいにいずみがつぶやいた。見るとまだ目を閉じたまま穏やかな呼吸を続けているのでどうやら後者らしい。彼の夢のなかで、わたしはどんな顔をしていずみの隣にいるのか。想像して少し笑った。しあわせな気持ちになる。
 暇だったので彼の好きな冬瓜を持ち出して皮を剥いてみた。いずみはまだ目を覚まさない。小さく切った冬瓜を鼻につけても間抜けな顔をして眠りつづけるので、外出はあきらめることにした。いずみの側でこたつに肩までもぐり込む。そのままくっついて眠った。



090226



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