人類滅亡計画



「例えばさあ、人類がみんな同じになるとするじゃん」
 真夜中を駆け抜ける夜行列車の中で、寝台車が振動するのと一緒に脳みそが上下に揺れていた。二段ベッドの上段に横たわるあいつも今まさに同じ気分を味わっているんだろうか。それともすやすや眠っているんだろうか。どっちにしろ最悪の気分だ。
 うだうだと考えながら、ぐちゃぐちゃの脳みそで思いついたことを喉で音にして吐き出す。
「思想とか価値観とか性癖とか全部が全部一緒で、政治家も医者もパイロットもみんなが同性愛者だったら、世界って変わるのかなあ?」
「すっかり変わって何百年後には人類滅亡だろうな」
 ふいにあいつが返事をしたから俺のひとり言はひとり言じゃなくて会話になった。
「なんで?」
「繁殖ができないだろ」
「なんで?」
「異性のカップルがいないから」
「なんで?」
「は?」
「あんたはなんで俺といてくれんの?」
「さあ。政治家でも医者でもパイロットでもないからじゃねえの」
「ふーん」
「なんだよ」
 お互いまだ眠っていなかったことに少し感動している。あんたも今脳みそが揺れているかと訊こうとしたけど寸前でやめた。質問を変える。
「繁殖を伴わない行為はむなしいと思う?」
「おまえは思うの?」
「思うよ」
「じゃあなんでおれといんの」
「わからないけど多分、政治家でも医者でもパイロットでもないから」
 同じ質問に同じ答えを返した。あいつは「だよなあ」と納得した風な口をきいた。何だかやるせない気持ちになる。全部吐き出してしまいたくて、俺にとってはぜんぜん唐突じゃないけどあいつにとっては唐突に、俺は意味不明な叫び声を上げた。それっきりで黙りこくる。俺がしゃべらなければあいつもしゃべらなかった。揺れる揺れる列車と脳みそ。なんで同性じゃ繁殖できないんだよ。そんなら感情なんかつくんなよ。バカか。
「あんたとむなしくなりたい。今すぐ」
 あいつは答えない。代わりに夜行列車の振動音が大きさを増した気がした。頭の中がガタンゴトンに埋め尽くされる。真っ暗な室内で、俺の脳みそはかたちを失って揺れる。眠りにつく寸前、ベッドの上段にいたはずのあいつの手が、俺の濡れた頬に触れるのを感じた。こわいくらいに熱い手だった。



090222



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