シャッターチャンス



 室内から見える縁側に木漏れ日が差して気持ちよさそうだったので、薄着で外に出た。風が吹いているが空気は生ぬるいので寒くはない。もうすぐ冬がおわるらしい。庭の花がきれいに咲いているのが見えて、いそいそとカメラを持ち出した。ふだんは意識もしない花だ。きっと花好きの祖母が植えた。
 まんぞくして縁側に寝ころび、木漏れ日が顔だけに当たらない絶妙な位置をさがして、仰向けのままもぞもぞと移動する。あくびが出た。
 塀の向こうを、車が通りすぎ、バイクが通り過ぎ、子どもたちが通り過ぎる。寝ころんだまま空にカメラを向けたら、ふいに一台のバイクがうちの前で止まった。
「また写真撮ってる」
「うん」
 郵便配達のお兄さんでありわたしのいとこである育巳(イクミ)さんは、この家のポストに入れるべき配達物を片手に庭に入ってきた。
「俺は撮ってくれないの?」
 育巳さんが冗談っぽく笑うのでカメラを向けたら、「お」とぎこちない動きで足を止めた。
「かっこよく撮ってね」
「出来は被写体にもよるから」
 軽口をたたきながらシャッターを切る。育巳さんは制服を着ているときがいちばんかっこいいとおもうよ。写真を撮れと自分から言い出しておきながら、実際カメラを向けられると照れたみたいな顔をして、くせで首元に手をやる育巳さんを、何度も撮るふりをしてただ眺めた。わたしがカメラを置いたら、待ってましたとばかりに動き出す。育巳さんはすぐそばまで近づいてきて、わたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら「なまいきなやつめ」と笑った。よく笑う人だ。その手から手紙を受け取る。
「あー」
 髪の毛を乱す手のひらの感触が気持ちよくて、思わず声をあげた。
「どした?」
 育巳さんが顔をのぞき込んでくるので、適当なことをつぶやく。
「散歩に行きたいなあ」
「賛成」
「公園でー、ちょっと色のはげた木のベンチに座ってー」
「うんうん」
 まるでその場面を想像するみたいに、育巳さんは目をつむって深々とうなずく。わたしも真似して想像してみる。空想の中で見上げた空は、白い雲でまっぷたつに引きさかれていてとても魅力的だった。
「ひこうき雲が見たいなあ」
 目を開けたら育巳さんと目があった。やっぱり笑っている彼の頬には片方だけえくぼが出来ていて、それがやけに愛おしい。
「仕事が終わったら行こうか」
 育巳さんが言って、わたしはうなずいた。顔を見合わせてもう一度笑う。育巳さんは少しだけ淋しそうな顔で、じゃあまたねと手をふると、のんびりバイクにまたがって、ゆっくりと次の配達先に向かった。ゆらゆらと頼りない後ろ姿を目で追いながら、庭の花についてぼんやり考える。祖母が旅行から帰ってきたら、あの花の名前を聞いてみようか。



090217



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