ピアス



「俺、あんたが好きなんだと思う」
 烏(カラス)の行動はいつも唐突で高飛車だが、今回のは特にひどかった。
「おばあちゃんに聞いたんだけどね、手の甲へのキスは尊敬のあかしなんだって。じゃあ手のひらへのキスは何だと思う?」
 烏は抵抗する俺をいとも簡単に押さえつけて手のひらにキスをする。
「クソ野郎は死ね」
 きっと睨みつけながら言うと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「はずれ。愛してるでした」
 俺を見下ろす烏の、にんまりと細められた奇猟的な目は、カラスというよりむしろキツネ。飢えた狐だ。
「俺って前から、あんたにキスをするなら手の甲じゃなくて手のひらがいいなあって考えてたんだ。それってつまり俺があんたを好きってことだよね?」
「離せよ」
「質問に答えてくださーい」
 手を振り払おうとしてみても、俺の手首を握る烏の力は強い。ひょろひょろの体のどこにそんな力を隠しているんだか。
「この、馬鹿力」
「よく逃げられるから」
 平然と笑顔で返した烏を見ながら、俺は今まで烏から逃げたたくさんの誰かを唐突に殴り飛ばしたくなった。ずっと捕まっていてくれればよかったのにと思う反面、烏の何も知らないくせにとバカみたいな理由で腹を立てる。俺だって烏の何を知っているわけでもないけど。
「…離せよ」
「いいの?」
 烏は何でも知っている。
「俺から逃げない理由がなくなっちゃうけど、本当にいいの?」
 手を離しても逃げない俺を知りながら烏が手を握り続けているのは、他の誰のでもない俺のため。余裕ぶった顔をして、目は不安でいっぱいで、そんなアンバランスが愛おしいんだと思うよ。
「離せ」
 もう一度呟くと、俺の答えも知っていたはずの烏は、それでもわんわんと泣いた。頭を乱暴になでてやると髪のすきまから現れた烏の耳には、以前俺がやった銀色のピアスがきらきらと光る。俺の耳にも同じものが付いていて、烏はそこに必要とされる自分を見て泣くのだろう。
 烏の行動はいつも唐突で高飛車だが、今回のは特にひどかった。
(愚か者の烏め)



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