サッコ



 サッコは生まれつきのいじめられっ子だった。小さな頃から、何をされてもすまし顔。感情をあまり表に出さない彼女は、そのせいで周りから勘違いをされがちな日々を送る。

 中学に入って、サッコの盗まれた体操服がぐしゃぐしゃに汚れて返ってきたとき、それでも動じないサッコに、わたしはついに感情が爆発した。周りのざわめきも気にせずに平気な顔で体操服をかばんの中にしまい込んでいるサッコの腕を掴んで、引っ張るとおとなしくついてきた。誰もいない廊下で、足を止めて向き直る。彼女は不思議そうな顔でわたしを見ていた。
「サッコ」
 呼びかけると、ふにゃりと笑う。その両手を握って、わたしはもう一度サッコの名前を呼んだ。さっきより少し強く呼んだ。その瞬間、サッコの目からぶわりと涙があふれた。「悔しくないのか」と怒ろうとしていたわたしは呆気にとられて、ただ涙を流す彼女を見つめた。サッコは無表情のまま泣きながら、わたしが握っている両手にぎゅっと力を込めてきた。
 泣きじゃくる彼女を目の前にして、わたしはバカみたいに途方に暮れる。先に口を開いたのはサッコの方だった。引きつるような声で、サッコは小さく「すき」と呟いた。「ヨウちゃん、すき。大すきだ」
 サッコはおかしくなったみたいにそれだけを繰り返した。握り合った手がとても熱かった。あたりまえだけど誰にも見せない奥の方で、サッコだってたくさんの感情を握りしめていたのだ。
 長い時間を一緒にすごしてきたくせに、わたしも周りと同じだった。勝手な勘違いを通してサッコを見ていた。それでもサッコはわたしを好きだと言って泣くから、わたしまで咽の奥が熱くなった。
「すき、わたしも」
 なんと言えばいいのか分からず、震える声を抑えて一言だけつぶやいた。わたしの精一杯の返答。サッコはまたふにゃりと笑って、わたしはまた泣きそうになる。肌寒い十月の廊下。



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