まぬけな顔をして



「なあ、死にたくない?」
 あたたかなベッドの中で気分良くうとうとしていたら、彼が唐突に言った。

 自由奔放極まりないわたしの彼はいつもにこにこと笑っていて、それはそれは幸せそうである。
「おまえ誰のためなら死ねる?」
 重ねて訊ねてきた彼に、わたしは誰のためでも嫌だと答えた。彼は「だよなあ」と声をあげて笑ったあと、わたしの頭を数回なでて、ポケットから取り出したマルボロに火を付けた。体に悪いからやめろと言うのに。
「俺のこと好き?きらい?」
「どちらかと言えば好き」
「どちらかと言わずとも好きでいろよ」
 彼の目はいつも楽しげな子犬。
「おまえが好きだよ、」
 彼の目はいつも淋しげな子犬。
「俺のために死んでよ」
 もう一度嫌だと答えれば彼はどうなるのだろうか。その余裕ぶった口元を歪ませ、悲しんで泣くのだろうか。
「あいしてる」
 黙れ。
「あいしてる」
 黙れよ。
「おまえが死んだらおれも死ぬよ」
「じゃあわたしが死ぬまでは絶対に死なないでね」
 彼が口を開きかけたので、声をあげる前に続けた。
「あんたが何もかもに絶望して嫌になって発狂してわたしの目の前で死のうとしたらその瞬間にあんたの舌を噛みきってころしてあげるから、だからそれまでは絶対に生きていてね」
 一気に言い切ると彼は感心したようにわたしを見つめた。それから嬉しそうにふにゃりと笑って、「ウン」と頷いて、まぬけな顔をしてマルボロをくちにくわえた。
「煙草も吸わないで」
「それはムリ」
 彼の目はいつもわたしを映して悲しげにひかるやわらかな子犬。わたしはそれを見ているだけのただの女だ。



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