遠くへ行く



 花火の爆音にもうろうとしてる僕の目の前で、彼女は砂糖菓子みたいに甘い甘い笑みを浮かべた。僕が片手に握っていたビニールの紐をぎゅっと握り込むと、透明な袋の中の金魚が少し驚いたような気がした。
 彼女は花火の音だけを楽しんでいる。何もかもを吸収してしまうような、大地を震わせるあの音が好きなのだ、といつか言っていた。僕としては断然、夜空に咲く光の花の方が面白いと思うのだけれど。
「いつか、手紙を書くよ」
 僕が言うと、彼女は「書かなくていい」と口を尖らせた。
 長い髪を結んでいる輪ゴムをほどきながら、彼女は僕の隣の、草の敷き詰められた斜面に寝ころぶ。浴衣が汚れると怒られるよ、と言おうと思ったけど、彼女を叱る人は誰もいないのでやめた。僕は目を瞑った彼女の横顔が、いろんな色の光に照らされるのを見ながら、帰ったら水槽に金魚を移してやらなきゃいけないな、とか、そんなことを考えていた。
 花火が終わって、周りの人たちが帰り始めても、僕たちはしばらくそのまま並んで寝ころんでいた。今日は星が出ているのだということに、その時初めて気付いた。
「会いにきてよ。姉弟なんだから」
 目を瞑った僕の隣で、彼女は唐突に呟いた。僕は「うん」とだけ答えて、変に心拍数の上がった自分の胸の上で手を組んだ。

 明日、詳しい目的地は分からないけれど、どこか遠くへ行くには間違いない電車に彼女は乗る。彼女はきっと一言も喋らないし、振り向きもしないだろう。僕もそれを、きっと黙って見送るのだ。



-エムブロ-