世界の音



 風の音に耳をすまし、僕は世界の音を聴く。
「地面に耳なんて付けて、何してんの?」
「地球の鼓動を聴いてる」
 姉がくすくすと笑う声が、頭上から降ってきた。
「聞こえる?」
「どくん、どくんって」
「あんた鼓動じゃないの」
 僕は自分の胸に手をやった。ドクンドクンと、僕のそれは地球の鼓動と同じ速度で波打っていた。

 風の音に耳をすまし、彼女は世界の音を聴くのだろうか。
「寒い。窓を閉めて」
 窓際にいる姉に声をかけたけど、姉は窓を閉めずにゆっくりとこちらを見た。
「この声、聞こえる?」
「姉さんの声」
「違う。夜の女王様の泣き声」
 うっすらと目を細めて、姉は真っ暗な窓の外を見つめている。頭がおかしくなったのかと思った。
「雨の音だろ」
「風の音よ」
 ごおおお。空に目を向けている姉の横顔が、ふいに月を見るかぐや姫と重なって、僕は急に不安になった。思わず手を伸ばしたら、姉は静かに首をかしげた。
「なに?」
「…空に帰っちゃうんじゃないかと思って」
「わたしって空からきたの?」
「そうかもね」
 からかう口調の姉に、冷めた口調で返すと、姉は僕が握っていた右手に自分の左手を重ねて笑った。口のはしに八重歯がのぞいて、それがむしょうに愛しかった。
「それなら、あんたも一緒だね」
 開け放された窓から、姉を失った空の泣き声が聞こえてきた。冷たい風と一緒に雨が少し吹き込んできたけど、僕はもう窓を閉める気にはならなかった。淋しくて泣いている高い空に、もう少し姉を見せていてあげたかった。



-エムブロ-