可哀想



 嘘でもいいから笑ってよ。
 そう言って僕にすがりつく彼は不幸で哀れで愛おしく、すっかり隈のできた目で僕を見上げる様は誰よりも愚かだった。外の空気に冷めきった彼の体温は、僕の手から熱を奪って温まる。急速に。
「一度でいいから、嘘でもいいから」
 数年前に突然僕の兄になった彼は、目に涙をためていた。
「兄ちゃんって言って」
 親の再婚で兄弟になってから、僕は一度も彼と口をきかなかった。誰もに愛される容姿と器量を持った彼が煩わしかった。憎らしかった。
「おれはおまえがすきだよ…」
 僕だって嫌いじゃなかったよ。ただ羨ましかったんだ。だけどもう僕は喋れないし、怒ることも泣くことも笑うこともできない。事故でイカれた神経。なのに彼はいつまでもいつまでも叶わない夢を見て、動かない僕にすがりつく。
「笑って…」
 ごめんね可哀想な兄さん。僕は慈悲に溢れた目で彼を見つめた。彼はそんな僕の目を見て、今にも大声を上げて泣き出しそうな顔をした。しただけだった。今夜は僕が笑う夢でも見て泣いてろよ。

 可哀想な兄と僕のためでも何でもなく、僕らはたいして不幸でもなく、太陽は今日も決まった時間に沈む。また夜がくるのだ。



-エムブロ-