心に触れる



 学校以外で会うのはいつもおれの家。狭い部屋の大半を占めるダブルベッドの上で、本を読むアオをおれが眺めてるだけ。一人部屋なのにシングルじゃないベッドにも特別な意味はない。
「アオ、触ってもいい?」
 背中を眺めているのに飽きて尋ねた。「ダメ」でも「いいよ」でもなく、「いつも触ってるだろ」とアオは答えた。
「好きなんだよ」
 アオは体温が高い。手が並んでるだけで触れてるみたいに熱いのが分かって、実際に触れているときよりもドキドキすることがある。普段は無反応なアオにも同じようにドキドキしてほしくて、そういうときおれはわざとアオに尋ねてから触れる。ただ触れられるよりも、許可を出してから触れられる方が意識するから。
 無関心を装うアオの普段よりかしこまった背中に手のひらをあてる。本を読みながらも、意識がこちらに向いていること、バレバレなのにバレていないふりをする。だからおれも知らんぷりで触り続ける。大きな背中。安心する体温。
「なんでそんなに触るの」
「アオの心にも触れたいから」
「なにそれ」
「体に触れないと、心にも触れられない気がする」
 ふうん、と言ったアオがふいに振り向いて、アオに触れていたおれの手首を掴んだ。驚くおれの顔を正面から見ながら、掴む手に力を込める。アオの方からおれに触ってくるのは珍しいことだ。「痛い」と言うおれをアオは無視した。
「俺はどんなに体に触れたって心が見えたことなんてない」
 アオの心も視線も、いつもあまりにもまっすぐで、向けられると戸惑ってしまう。なにも怖くないのに、なにもかもが怖い子どもみたいな目。冷たく突き放すような、必死に縋り付くような目。最高に気持ちいいその目。
「見たいの?」
 手首の痛みも忘れるくらいおれは感動していた。
「おれの心を見たいの?アオが?」
 返事は何でもいい。アオの興味がおれに向いている、あの本じゃなくて、それだけで鼻の奥がジーンと痛む。
「見たいよ」
 今日のアオはおかしい。
「ぜんぶ見せろよ」
 いつの間にか両方の手首がそれぞれアオの手に捕まっていて、体重をかけられるままに後ろに倒れた。頭がつく寸前、ふわりと着地するよう力を入れるアオの、そういうところがやっぱり好きだなあ。涙が出るくらい。
「なんて言って見えるもんじゃないし、見せられるもんでもない、自分の心すら見えないのに、人の心なんかおれには見えない」
 怖がりなアオ。誰よりも求めているからこそ、自分にも嘘をつくように、何も求めないアオ。悲しくて、淋しくて、たまらなく愛おしいアオ。おれの心が自分にも見えなくなるくらい、もっと感情をかき乱して、他のこと何もかも忘れさせてほしい。愛じゃなくてもいい。アオの一番になりたい。誰よりも近くにいたい。
「ピアスはもう開けないぞ」
 何も言ってないのにそう呟くアオを見つめ返しながら、見えてるじゃないか、と思う。おれの心。もっと見えてしまえばいい。この目から全て伝わればいい。おれにも分からないことまで全部。
「アオ、触りたいんだけど」
「いま触ってるだろ」
「おれから触りたいんだよ」
 アオはしばらく考え込んでから、掴んでいた手をゆっくり離した。おれを見下ろすアオのだらりと垂れた髪に触れる。そのまま頬にも触れようとしたけどあと少しがどうしても近づけなかった。
「アオ、好き」
「うん」
 たまらなくおれを揺さぶるこの感情は恋じゃないし愛でもない。好き意外に、アオに対する感情を伝える言葉が思いつかないのがもどかしい。それでもアオはおれの発した単純な言葉の意味を全て理解した上で、躊躇いを無視して頬を寄せてきた。決して触れはせず、いちばんドキドキする距離で、とどめを刺すように「ごめん」と言うアオの、ちっともごめんと思ってない顔を見上げながらおれは、多分一生この人に敵わないんだろうなと思う。



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