かわいそうな弟 1



 こうなることは分かっていた。めずらしくどうしても外へ出たいというから連れてきたけれど、夏の日差しにすっかりやられた弟はシャツの色が変わるくらい汗をかいている。髪の毛もぐしゃぐしゃだし、ぺったりとおでこに張り付いた前髪がなんとも間抜けだ。申し訳程度に彼を守る麦わら帽子のむなしいこと。
 始まったばかりの夏はまだ涼しい日が続いていたが、今日は日差しが強く十分に暑い。ゼイゼイと苦しそうに息をしながら、けれど弟は一言も弱音を吐かず黙ってわたしについてくる。今はまぶしいほどに白いその首、今夜にも真っ赤になっているだろうなと思う。出かける前に日焼け止めを塗らせはしたが、それもあまり意味のないことだろう。汗でほとんど流れてしまったはずだ。
 弟の歩みを気にして、普段よりゆっくりと歩く。それでもつらそうに彼はついてくる。外に出ることすら久しぶりなのに、この気温ではさぞつらいだろう。
「帰る?」
 何度目か分からない質問を投げかけてみるが、弟はそれまで何度もしたように、わたしをじっと見つめたあとで黙って首を横に振る。お願い、というようなその目にわたしが弱いことを分かっているのか。わたしはまたゆっくりと歩き始める。なるべく木陰を探して。

 住み慣れた島の道は知り尽くしていた。浜茄子を見たいという弟を、浜茄子の咲く丘へ連れて行くだけだ。一人で歩けば三十分もかからないような場所なのに、弟を連れて行くだけでこんなにも大変だとは思わなかった。玉の汗をかいている弟を振り返り、陰のあるところでは意識して歩みを緩める。
「水飲む?」
 この問いかけには弟も頷いた。リュックサックから水筒を出し、蓋に水を注いでやる。うんと冷たい水を弟は、ぐいっと飲んだ。こぼれた水が汗とまざって喉を伝う。細っちい弟の、つきだした喉仏だけが男の子みたいだ。
「あら、お散歩?」
 ふいに声をかけられた。弟がぴたりと硬直するのが分かる。固まった弟の代わりに、わたしは「はい」と答える。
「めずらしいわね。気をつけてね」
 にこにこ話すおばさんにもう一度、ハイと答えながら、うるせえ、と思う。余計なことを言うなとも思う。本当なら今は一言も話しかけないで、知らんぷりですれ違ってほしかった。でもそんなのはこちらの我が儘で、おばさんに悪気があるわけでもない。あの人はいい人だ。だからこそやるせない気持ちになる。おばさんがいなくなってしばらくしても、罰ゲームみたいに動かない弟の手から、空になった水筒の蓋を取り、残りを飲んで本体にはめ直す。
「帰る?」
 もう一度訪ねた。弟は泣きそうな顔をして、今までで一番長い間をあけてから、やはり首を横に振った。わたしまで泣きそうになった。再び歩き出すわたしたちの眼前には、抜けるように青く気持ちの良い空がむなしく広がっている。





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