冬になったら



 冬になったらまた会おう、と彼は言った。そうしましょうとわたしは答えた。それからいくつもの冬を越えた。数え切れないほどの冷たい冬をわたしはひとりで越えた。
 今年の冬が終わる。彼には会えないまま。わたしはおとなしく次の冬を待つ。ひとりの冬を何度むかえても、わたしの心はまだはずむ。次こそ彼に会えるかもしれない。冬は遠く、そして近い。
 待っているのは簡単だ。わたしはただ生活をしていればいいのだから。特別な準備をして出かけていくことも、慣れない汽車の揺れに気分を悪くすることもしなくていい。わたしは一人分の食事を作り、平らげるだけ。冬のことを考えながら掃除をして、彼を思いながら洗濯をして、眠るだけ。それだけでいい。なのにたったそれだけが、なぜかこの頃うまくできない。
 顔を洗う気分になれない。野菜を切る気分になれない。髪を洗っても掃除をしても手が止まる。眠る時間になっても、わたしは夢を見られない。ベッドの中でわたしは考える。冬のことを考える。そうしているとますます眠れなくなった。
 次の冬はすぐそこまで迫っていた。あれだけ楽しみにしていたはずの冬が、今はどうしようもなく怖かった。冬になったらという彼の言葉が、冷たくなってきた空気が、わたしの全身に突き刺さる。果たされない約束。ただ待つことの恐ろしさ。焦りと悲しさ。やるせなさ。
「冬になったら」
 体の中に溜まった言葉を吐き出すようにわたしは呟く。何度も何度も思い出した言葉はいくらでも溢れてくる。彼への思いと一緒に。
「冬になったら」
 その先はどうしても言えない。もう現実になることはないのではないかと、わたしが思い始めているからだ。待ち遠しいはずの冬が迫っていることが怖い。冬などこなければいいとすらわたしは思っている。
「冬になったらまた」
 彼はこない。かわりに途方もない淋しさがわたしを襲うのだ。わかっている。わたしはわかっている。すべてわかっている。そう思った。5分後にチャイムが鳴ることなど知らないままわたしは眠った。もう冬を待たずにすむように。チャイムの音をきくのはひとり。



150906



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