シナプス



 会いたい、なぜか無性に会いたい、というメールから数分後にアキは僕の家に来た。それから僕の晩ごはんであるオムレツを半分以上食べて、吐き気がすると言ってさらに数分後には残らず吐き出した。
「モグラは十二時間断食すると死んじゃうんだって」
 時々ふいに雑学を披露するアキの話はどうでもいいことばかりだ。だけどけっこう面白い。
「ふうん」
「フミもおれに十二時間会えないと死んじゃう?」
「平気」
 テレビを見ながら答えたらアキは「あっそ」とリモコンを握った。そのままチャンネルを変える。僕が見てたのに。言っても無駄なのは長年の付き合いでよく分かっていたから、食器でも洗おうかと席を立ったら、アキが僕の手首を掴んだ。強いちからだった。
「フミ、あったかいなあ」
「おまえが冷たいんだよ」
「あったかい。生きてる」
「同じだろ」
 アキの目はまっすぐに僕を見ているようで見ていなかった。僕を通してどこか遠くを見ている。掴まれた手首が痛い。
「時々、誰かに愛されたいと思う」
「愛されればいい」
「誰に?」
「さあ」
「フミが愛して」
「食器、洗うから」
 僕が手を振り払おうとする寸前にアキは力を緩めた。アキには全部分かっているみたいで、それが嫌だった。だから僕は僕の目を見てきたアキを無視して汚れた食器と向き合った。
「フミ、」
 流しに向かってる僕を邪魔しないように、アキは控えめに話しかけてくる。なおも無視していると、アキはとても悲しそうな目をした。彼のこの目がいちばん好きだ。
「フミとずっと友達でいたいよ」
「…いいよ」
 僕が頷いたら、アキは泣きそうな顔した、けど泣かなかった。いつもそうだ。彼はどんな時に泣くんだろう。一生泣かないんだろうか。そんなはずはないのに、彼ならそれもあり得るかもしれないと何となく思った。
「フミ大好き、ミーコの次に」
「じゃあ彼女のとこに行けよ」
「二番目のほうが大事にしたい時だってあるんだ」
 真剣な顔をして犬みたいに笑うアキはものすごいばかのように見えた。
 僕だって一番好きなのは彼女に決まっているが、でもたまにすごく淋しくてたまらなくなった時、会いたいって思うのはアキだったりする。僕とアキを繋ぐのはとても細くて脆そうな何かだが、実はそれがとても強いことを知っている。友達ってそんなもんなのかな。
 それから数時間後にアキは何かに満足したように自分の家に帰っていった。彼のいなくなった部屋の中はやけに静かで、少しだけ冷めていて、僕はなんだか無性に彼女に会いたくなった。



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