愛を叫んでくれ



 土日が明けて二日ぶりに学校で会ったニーナの手は、包帯でぐるぐるに巻きになっていた。白くてきれいな細い手に不格好なそれが際立つ。
「うわっどうしたのそれ」
「昨日、夜中にスープ作ったの」
「それで火傷?」
 ニーナはこくりと頷く。
「何でまた…」
 そう訊いた僕はきっと呆れた顔をしていたのだろう。ニーナははにかむように俯いた。
 ニーナというのはもちろん愛称だ。彼女の本当の名字は新名だが、ニーナのほうが呼びやすいし似合っているのでみんなそう呼ぶ。確かに、ふわふわした栗色の髪を持つ彼女には、外国の少女っぽい可愛さがあった。
 そしてニーナは少し変わっている。よく誰も想像しないような、というか思っても実行しないようなことを平気でやってのけては、みんなを驚かせている。
「あのね、まずはお鍋でお湯が沸騰するのを見てたでしょ、そしたら熱そうだなあって思うでしょ、でも本当に熱いのかなあって気になったから、だから手を入れてみたの」
「…」
 まずは指を一本、とかじゃなくいきなり手を全部というのが彼女らしい。
「ぐつぐつなってるお湯って本当に熱かったよ。辻くんはやっちゃだめだよ」
「ばか」
 そんなことするのニーナくらいだよ、って頭をくしゃりと撫でたら、ニーナは少し頬を赤らめて嬉しそうな顔をした。
「もうしないでね」
「うん…」
 やんわりと叱ってやればニーナは幸せそうに笑う。本当に分かっているのかと不安になるが、ニーナが約束をやぶったことは一度もない。それから「またね」と自分の席に向かったニーナは、他でも同じような質問をされていた。
 誰からも愛されるニーナ。そんな彼女はいったいどんな人間を好きになるのだろうか。

 一度考え始めるとどうにも気になったので、放課後、帰ろうとするニーナをつかまえて、誰が好きかと問いかけてみた。ニーナはいつもより少し目を大きく開いた後、うーんと首をひねった。
「みんな好き」
「嘘」
「ああ、うん、嘘だなあ。辻くんは好きじゃない。大好きだ」
 ニーナがあまりにも平然と言うものだから、僕の方が照れてしまった。
 基本的に生き物なら何でも好きなニーナの「大好き」に、たいした意味はないのだろう。そういえば以前彼女が蝉の抜け殻に対しても大好きと言っていたのを思い出して、僕は少しだけ落ち込んだ。僕は彼女にとって蝉の抜け殻か。
「ねえ辻くん、」
 ふいに彼女が呟いたので顔を上げると、真剣な眼差しと目が合ってどきりとした。のも束の間、彼女は正面からまっすぐに僕を見すえて、「大好きがあるのなら、小好きと中好きもあるのだろうか」という非常にどうでもいい考察を始める。僕の心は、いつもこうして置いてきぼりにされるのであった。



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