迫る



 こっそり泣いていたところを、年下の、しかも従妹に見られてしまった。いつもの調子でからかわれるかと思ったけれど、従妹の雪緒は一緒になって泣き出しそうな顔をした。
 悲しいの?と彼女が問う。慎重に頷くと、何が悲しいの、と続けて尋ねてきた。
「友人の猫が死んだんだ」
 言ってから、少し後悔して、雪緒の様子を伺った。彼女はどこか、ぼくには見えないものを強く見据えるような目でこちらを見ていた。ぼくの悲しみが彼女に分散してしまったようで、なんだか申し訳ない。睨めるようにさえ見える視線から目を逸らす。こんな風に、何でもかんでも、目を逸らせば見えなくなってしまえばいいのに。
「つらいことからは、目を逸らして生きていたいものだね」
 雪緒が心配しすぎないように、ぼくは笑って、彼女の頭をなでた。けれど不満げな表情は変わらなくて、ぼくは途方に暮れてしまう。
 猫は事故で死んだらしい。けれどきっと、ぼくは猫が死んだことが悲しいのではない。その猫には会ったこともなく、記憶だって曖昧だ。にもかかわらずその死を知って悲しくなったのは、ぼくにそれを告げる友人がひどく落ち込んでいたからだ。
 幼いころからの友人だった。その友人が、身近な者の死を悲しんでいる。それを目の当たりにした途端、考えたこともなかった身近な者の死というものが、すぐそばまで迫ってきたようで恐ろしかった。悲しみは伝染する。
 いなくなるのは、嫌だ。悲しい顔も見たくない。
「雪緒、そんな顔をしないで」
 しぼり出されたぼくの声は懇願に近かった。困ったような顔をする雪緒を、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるのを我慢して、自分の腕を掴む。骨がきしんだ。
「育巳さん」
「ん?」
「そっちの方が」
 ひどい顔だ、と呟いて雪緒はぼくに抱きついた。驚きに固まって動くこともできないで、長い間そのままでいた。こうして雪緒と触れ合ったのはとても久しぶりだ。彼女が高校にあがった頃から、お互い変に意識してしまって、手も触れられずにいたからだ。小さな頃は、同じ布団でくっついて眠ることもあったのに。
「見たくないなら、見なくていい。わたしは寿命まで生きるよ。ずっと健康でいるよ」
 雪緒の言葉は、ぼくの不安をあまりにも的確に見抜いていて、急速に肩の力が抜けた。小さい小さいと思っていたのに、いつの間にかぼくよりずっと大人みたいになって、至らないぼくの隙間を埋めようとしてくれる。
「ありがとう。やさしいね」
 雪緒はゆるゆると首を横に振る。強く抱きついた雪緒の腕、触れ合った肩口から、涙の気配がした。



110110



-エムブロ-