手紙



 原芳恵が雨の夜を怖がるのは昔からだ。そのたびに、わたしは芳恵の家に行き、彼女を抱きしめて眠る。わたしの腕の中で、安心したように眠る芳恵はかわいい。
 かわいい芳恵には恋人がいる。けれど芳恵は、遠くに住む恋人にあまり会いたがらない。会うよりも、手紙を書く方が楽しいのだと彼女は言う。
「起きてる?」
 芳恵が呟いて、わたしはうんと答えた。
「寝れないの?」
 今度は芳恵がうんと答えた。
「あたし、別れようかなあと思う」
「え。なんで」
「久留さん、こっちに越してくるんだって」
 久留さんとは彼女と付き合っている年上の男性で、バスの運転手をやっていて、わたし達が高校生のころ通学バスの中で知り合った。
「あたしは手紙でのやり取りが楽しくて好きなんだけど、久留さんはそれじゃあ足りないの?」
「知らないよ。久留さんじゃないし」
 でもわたしならきっと毎日芳恵を抱きしめられなくたって、彼女の細っこい字が自分への愛をささやいてくれるなら、それだけで生きていける。愛はすでに持っているくせに、温もりまで手に入れようという久留さんは贅沢だ。
 けれど芳恵を抱きしめて、それによって彼女が安心していることに安心しながらも欲情してしまったりして、バレないように、でもちょっとだけ期待して、やっぱりやめて、生産性のない恋に頭と時間を費やすわたしより久留さんはよほど頭がいい。運もいい。
「越してくるなら別れる、って言ったの。久留さんはいいよって言った」
「うん」
「また付き合えるようにがんばるからって。久留さんの書く字はとても好きだから、あの丁寧で綺麗な文字で言われたら、あたしやっぱり断れる気がしない」
 何より字の綺麗な久留さんにわたしは到底適わない。わたしにできるのは、雨音に怯える芳恵にかこつけて抱きしめるくらいのことなのに、贅沢な彼はこの時間さえもわたしから奪うつもりなのである。



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