赤い花



 弟が高校を卒業した。入学当時は成長を見越して大きめに繕われていた制服も、今では小さいほどだった。
 高校の三年間で弟はずいぶん背が伸びた。わたしの身長などあっという間に追い越し、手も足もぐんと大きくなって、細くて女の子みたいだった首筋なんかも、すっかり男の子らしくなってしまった。
「ほんと、大きくなったねえ」
 卒業式から帰ってきた弟に声をかけると、彼はやかんのお茶をつぎながら眉をひそめた。
「バカにしてんの?」
「ほめてるの」
 ふうん、と弟は言う。コップに移したぬるいお茶に口をつけ、案の定「ぬるい」とぼやいた。こちらに向き直った弟の胸には、まだ作り物の赤い花が付けられたままになっている。そのまま帰ってきたのか、気付いたらさぞ恥ずかしがるだろう弟を想像すると楽しくなって、くすくすと笑った。
「姉さんは変わらないよね」
 ソファに座るわたしの隣に腰を落としながら、弟が口を開く。胸に付いたままの花のことは、まだ教えてやらないことにする。
「いつまでも幼稚ってこと?」
「きれいだって言ってんだ。人のほめ言葉をひねくれて受け取る癖、やめなよ」
「お互いさまでしょ」
「そうかな」
「わたしたちの似てるところなんてそれくらいじゃない」
 冗談まじりに言ったことだが、弟は意外な顔をした。
「それはないだろ。よく似てるって言われるよ」
「昔はね」
「今もだよ」
 隣にいた弟が、体ごとこちらに向き直る。柔らかなソファが軋み、わたしも小さく揺れた。弟を振り向く。
「目も鼻も、口も、輪郭も」
「手の大きさは全然違う」
 弟の目を見たまま、彼の方へ右手をかざすと、空中で左手が重ねられた。そうしていたずらっぽく笑うのが、なんだか懐かしい彼の仕草で、わたしはホッとするような、焦るような、不思議な気持ちになる。
「爪のかたちは似てるよ」
 表情はそのままでも、大人みたいな低い声。声変わりをする前の彼の声を、けれどわたしはもう覚えていない。
「他にも似てるところ、たくさんあるよ」
 何が不安なのか、こちらを見つめる弟は縋るような目をしている。「そうだね」とわたしは言ったが、それだけでは満足できないようで、もっともっとと言葉を欲しがる弟は、やはりまだ幼い。彼の方に手を伸ばし、黒い髪の毛に触れる。
「髪の毛の柔らかさとか?」
 そう笑いかけると、弟はウソみたいに破顔した。心の底から嬉しそうに笑う、彼の胸に赤い花。



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