黒い髪



 月曜日に登校してきた吟太の髪の毛が真っ黒だったので、学校は大騒ぎになった。入学以来、明らかに染められた赤髪を地毛だと言い張り通してきた吟太の、高校三年目の秋だった。
「十善戒って知ってるか?」
 なぜ急に髪を染めたのかという問いに対しての吟太の答えはそれだけで、みんなはますます混乱するばかり。噂を聞きつけた他クラスの連中や下級生が吟太のクラスに集まって、休み時間のたびに廊下はパニックになった。
 吟太の変貌については賛否両論で、中には見物にきてその場で泣き出すやつもいたが、当の本人は涼しい顔で、なにやら分厚い本を読んでいた。これもまた驚くべきことで、吟太が活字を目で追う姿など見たことのない俺たちは、ひどく混乱させられた。

 なぜ突然、十善戒なんてものに興味を持ったのか?俺の問いかけに吟太は真顔で答えた。
「だって、かっこいいだろ」
 真顔で。
「とにかくね、おれはもう虫一匹殺さないし、悪口なんか言わないし、性欲も持たないんだよ」
 真顔で答えながら、俺の家で勝手に見つけたエロ本をめくる吟太はもぞもぞと膝をこすり合わせて、数秒後には手にとまった蚊を平気で叩きつぶしてゴミ箱に捨てたので、なんだか俺はホッとした。それと同時に、こんなやつのために今日涙まで流した人たちが可哀想に思えて、謝れよと言ったが、泣くなんてバカだよな、と吟太は言った。悪びれた様子もなく。俺は呆れてため息をつきながらも、そんな吟太が愛おしくてたまらなくなったので肩を抱いたら、エロ本に飽きていた吟太は簡単にのってきた。十善戒?なにそれ。



101013



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