遠吠え



「僕の殺し方を教えてあげようか、」
 そう言った彼が静かにわたしの首に回した指は、実に白くてやわらかだった。分厚い窓ガラスの外は朝から激しい雨が降っていて、静かな室内にいるとまるで非現実的な気分になる。ここはどこだ?
「しにたくないなら言ってよ」
 彼が言った。けれどわたしは何も言わなかったし抵抗もしなかった。彼の心を思うと涙が溢れそうになったけれど、それも頬を伝う前に必死で引っ込めた。彼はもどかしげにわたしを見ていた。そして「声を上げてくれ」と悲願するように泣いた。
「僕を殺したいならずっとそうやって突っ立っていればいい。無反応で無表情で、僕じゃない何かを見続けていればいい」
 一緒に暮らしている六畳半の部屋の中で、彼は子どもが駄々をこねるように地団駄を踏んだ。それでもわたしは彼の目を見ることすらしなかった。
 雨が止むころ、彼はついにわたしの髪の毛を掴んだ。そして強く引き寄せた。彼の腕のなかで、わたしは初めて嗚咽した。わたしを包み込んで小さく震えている彼の腕だけが、とてつもなく愛おしいと思った。
 晴れ始めた世界は、今日もわたしたちを見捨ててどこか遠くへ行ってしまう。取り残されたわたしたちはこうしてぎゅっと支え合って、それでも死にそうになりながら、くたくたの野菜みたいに生きていくしかないのだ。
 カーテンの隙間から陽の光が少し差し込むと、彼は一度低く吠えた。わたしは相変わらず彼の腕の中で、ただひたすらにそれを聞いていた。聞いていた。聞いているだけだった。



-エムブロ-