背伸び



「あたしライオンになるんだ」
 短いスカートをひるがえして、振り向いた妙の笑顔から、わたしは思わず視線を逸らした。妙は、自転車を押しているわたしの隣に並んで歩き始めた。
 妙といるときは並んで歩くより、後ろを歩く方が好きだ。よそ見や寄り道をしながら、道端に落ちている枝をひろって振り回したりしながら、ふらふらと歩く妙の後ろ姿を見るのが好きだからだ。
「ライオンになったら、たぶんすっごい速く走ると思う」
 そう、とわたしは言う。妙は少し前の道でちぎった花を、手の中でくるくると回している。
「上田は何になりたい?」
 妙の問いかけに、わたしは曖昧な笑みを返した。妙はすでに興味もなさげに、橋の下の川をのぞいて、丸い瞳をきらきらと輝かせていた。
「ライオンって、オスとメスどっちが多いかなあ」
 妙といるとき、話している内容なんて正直何でもよかった。もう何回も聞いた話でも、くだらなくてもよかった。そばにいられるだけで幸せだった。
「上田は、どう思う?」
 妙が笑って、背伸びをする。細くて頼りない指先が、春の空に触れそうになる。わたしはその光景に感動している。



100511



-エムブロ-