ごめんね
あなたの夢を見たよと言ったら、嬉しいなあと彼女は言った。そうして僕の頭をなでたけど、その行為は僕がまだ子どもだいうことを強く示されているようで嫌いだった。
昨夜、彼女が泣いていたので手を差し伸べた。優しいのね、と彼女は笑顔を浮かべ、柔らかそうなベッドの上で僕を手招いた。僕には彼女を無視するすべがなく、というより、無視をする必要なんてなかった。となりに腰掛けた僕の頬を彼女の細い指がなでる。六日前に塗ってあげたマニキュアは、彼女の爪が伸びた分だけの隙間をつくっていた。
塗りなおしてあげようかと言ったら、明日でいいよと彼女は言った。そうして僕のベルトをゆるめたけれど、その行為は僕の足りない二十四年間すら埋めてくれるようで好きだった。彼女の唇はふわふわのベッドより柔らかくて、僕はやみつきになった。
彼女が出かけて、ひとりになった室内で目を閉じる。彼女の息づかいを思い出す。彼女の笑顔を思い出す。母さんと呼ぶと怒る彼女。あわてて名前で呼ぶ僕。本当の彼女の表情に、僕は気付かない。本当の僕の表情に、彼女は気付かない。
「ごめんね。あんまり覚えてないや…」
仕事から帰ってきた彼女が、また泣いてしまっときのための練習をしていたら、鼻の奥がジンとした。あれ、なんで?我慢のきかない夜を思い出して辛いなら、なかったことにすればいい。すっかり忘れてしまえばいい。
彼女は嘘がきらいだが、本当に忘れてしまえたら、このセリフは嘘じゃなくなる。僕は嘘はつかない。彼女が嘘をきらうからだ。
目を閉じて気を引き締める。同じセリフを繰り返す。ごめんね、あんまり覚えてないや。ねえ、あなたも同じだよね。だからまた一緒に眠ってね。
100210
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