マツゲ



 なんとなく安心するからという理由で、彼女はいつも左足首に包帯を巻いていた。なぜ左なのかと問うたら、そちらの方が心臓に近いからだと彼女は答えた。
「それなら手首はもっと近いよ」
 そう言う僕を彼女は無視した。聞こえていないのかもしれなかった。

 ある日突然、彼女が髪を切ってきた。僕も真似して髪を切ったら、わたしより似合っていやがると言って彼女は拗ねた。拗ねた彼女は部屋のいちばん隅に行って、体操座りをして、左足首の包帯をほどいて、丁寧に巻きなおした。そればかりを何度も繰り返すものだから、見ているだけの僕も飽きてきて、二人でいつもの我慢くらべ、でも結局いつも通りに僕が先に音を上げた。
「降参。ごめんね。愛してます」
 僕は両手を上げて彼女に近づく。彼女は慣れた手つきで包帯をほどき、同じ手つきで巻きなおす。包帯を綺麗に巻き付けることに夢中な彼女は、こちらを見向きもしなかった。それをいいことにぎりぎりまで近付いたりなんかして、間近で見るたび思うんだけど、きみはマツゲが長いね。
「ねえ、愛してるんです」
 そう言う僕を彼女は無視した。聞こえていないはずはなかった。


100203



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