猫背の秀介



 秀介はひどい猫背で、身長ばかりがひょろ長く、死人みたいな顔をした人だった。青白い肌に、不健康そうな目つきがよく似合っていた。一週間のほとんどを、二人暮らしの小さなアパートにこもりっきりで過ごしていた。
 いつもぼろぼろの服を着ていた。お風呂上がりでも、なにか臭ってきそうな雰囲気を持っていた。それはきっと、無造作に伸ばされた黒髪が、彼の顔の半分以上を覆い隠してしまっていたからだ。

 彼には吐き癖があった。わたしの作った自慢の料理を、おいしいおいしいと平らげても、数十分後にはトイレで胃をからっぽにして帰ってきた。そのたびに秀介が見せる、悲しそうな、悔しそうな、申し訳なさそうな顔が好きだった。

 口癖のように人間は嫌いだという秀介に、わたしも人間じゃないかと言ったことがあった。そうだけどお前は別なのだ、と言って、彼は口角を上げた。笑ったのか泣いたのかよく分からない顔だった。

 秀介は植物が好きだった。洗濯物だらけのベランダの片隅で、色んな植物を育てていた。植物の世話をするときだけ、秀介はまともな人間みたいな顔をしていた。
 わたしが鍋にふれて火傷をしたとき、秀介があわててベランダに行き、大きなアロエを切って持ってきたことを思い出す。お前の作った肉じゃがが食べられなくなったら大変だ、生きている意味がない、と秀介は泣いた。
 その次の日、めずらしく外に出たと思ったら、新しいアロエを抱えて帰ってきた。ベランダにアロエを植え直し、昨日の残りの肉じゃがを食べて、数十分後にトイレに行って、それっきりだった。次にわたしが彼を見たとき、彼は本当の死人になっていた。
 悲しいという気持ちはあまりなかった。いつも死人のようだった秀介が死んでも、なにも不思議ではなかった。むしろそれが、彼の本来の姿なのだとさえ思った。ただ、生きている彼を深く愛していた誰かについて考えると、胸が苦しかった。彼がいなくなったことによって、どこかの誰かが感じるであろう深い悲しみと絶望。彼の両親は健康だ。

 死人みたいなのと、本当の死人が違うものだとわたしが気付いたのは、その日の夜のことだった。
 となりに眠る彼の息づかいが感じられない。温度がない。気配がない。ベランダに残された植物たちだけが、静かに息をしている。
 いつもより早くもぐり込んだ布団の中で、暗闇の先のベランダを見つめていた。ひとりだった。
 お前たちも彼が恋しいであろう。わたしも彼が恋しいよ。会いたいよ。死人みたいだったころの秀介を、思いっきり抱きしめたいよ。抱きしめてほしいよ。
 体温だけは、いつも彼の方が、子どもみたいにあたたかかったんだ。



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