小鳥



 夢のなかで、きみは紫陽花が似合うねと言われて嬉しかったので、その日は紫陽花の柄のハンカチを持って出かけた。誰にも会わずに家に帰ったら、庭先で小鳥が一羽死んでいた。

「だからね、世界を変えるとまではいわなくても、人ひとりの人生を変えるくらいの力が、歌にはあると思うのよ。…聞いてる?」
 数年前から付き合っている彼女の声にとげが出たので、あわてて彼女の目を見た。彼女はよく用もないのにここへきては、庭先に見つけたお気に入りの場所へ座り込み、ひとりで話をしている。俺はいつもそれを聞くふりをしながら、あの小鳥を埋めたのは確かいま彼女が座っているあたりだったなあ、とぼんやり考えている。
「いつも、うわのそらの旬くんには、わかんないかなあ」
 うーん、って言ったら彼女はわざとらしく頬をふくらませて、家の中に入っていった。数分後、背後からベヴェルライトの甘いにおいがして、とうとつに彼女を抱きしめたくなった。

「旬くんはさあ、わたしじゃなくて、このにおいが好きなんじゃないかなあ」
 帰る直前、彼女が言った。そんなことないと咄嗟に言ったけど、まだ陽の照る中を歩いて行った彼女の背中が見えなくなったとたん、なんだか無性に不安になった。
 なにも掴んでいない手の中がさみしくて、久しぶりに煙草を吸った。舌に付いた葉を指でのける、その仕草をするたびに、なんとなく思い出す人がいる。大学時代の友人だ。話に聞いた彼の子どもは、元気に育っているだろうか。俺も、子どもが生まれる予定はないが、もうすぐ結婚しようと思っている。まだ彼女には言っていない。

 夢のなかで、きみは紫陽花が似合うねと言われた。起きたらなぜか涙が止まらなくなった。この夢を見たのは二度目だったが、ひとつ違っていたのは、彼の顔が彼女の顔に変わっていたことだった。



091224



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