冬が近づくと



 冬が近づくと、鹿山はわたしの家に入り浸る。彼の家にないこたつが、わたしの家にはあるからだ。今はこたつに両足をつっこんで、わたしの部屋から勝手に取ってきた漫画を片手に、まねけな顔をして寝ている。わたしはそれを見ながらみかんの皮をむいていた。
 小学生のころは背の低い鹿山をよくからかったが、今ではわたしの方が二十センチ程も小さい。大きく成長した彼の体は、小さなこたつのほとんどを占領するのに十分だった。
 鹿山が身じろぎをする。内側から蹴られたテーブルがガタンと揺れて、みかんの入った器も同時に揺らいだ。
「あああ」
 転がり出たいくつかのみかんが机上をすべる。急いで手を伸ばしたが、テーブルの向こう側に転がったみかんまでは届かなかった。
「今日って満月らしいよ」
 ふいに声がして、そちらを見ると鹿山の目が開いていた。
「起きてたの?」
「いまね」
「そっちに落ちたみかん取って」
「落ちてないよ」
 見もせずに平然と嘘をつく。手に持っていた漫画のページをぱらぱらとめくり、読みかけで止まっていた場面を探し、目的のページを見つけて手を止める。その横顔をずっと見下ろしていた。彼のせいでぼろぼろになった漫画。
「何回も読んだやつ見て面白い?」
「おれの顔ばっか見るのはどうなの」
「面白いよ」
「ふうん…」
 なんとなく、カーテンを開けることにした。月が出たらすぐ分かるようにかもしれない。外はまだそんなに暗くない。
 月が出る瞬間を見てみたいと思ったので、しばらくそのまま空を眺めた。そのうち飽きて踵を返すと、こたつに入ったまま腕を伸ばして必死にみかんを拾おうとしている鹿山と目が合いそうになって、あわてて視線を外に戻した。手に持ったままのみかんが、体温でぬるくなり始めている。
「中山ってさあ、いつもみかん食べてる気がする」
「食べてるよ」
「すきなの?」
「すきだよ」
 何気なく答えてから、少しだけ照れくさくなった。「みかんがね」と言い訳をする前に、鹿山がつぶやくように言う。
「もっかい言って、中山、」
 まじめな顔がばかみたいだと思って、同時に鼓動が少し早まった。気がした。鹿山も今おなじように緊張しているならいい。
「……すきだよ」
 ベランダに通じる大きな窓はひんやりと冷たくて、虫みたいな鳥の群れが、何度も空を横切っている。



091010



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