エスキモーの犬



“Therefore bear fruits worthy of repentanse,
(だから、悔改めにふさわしい実を結べ。)


 彼はキリスト教信者でもないくせにいつも聖書を持ち歩いている。ことあるごとにその文章を引用しては、得意の困った顔で笑う。おかげで最近、わたしも少し聖書の内容を分かってきた。
 彼はいつもベランダで本を読む。夏の暑い日も、冬の寒い日もベランダ。この間なんてわたしが朝起きたら、雪の降る中、白い息をはきながらベランダで本を読んでいたから、「寒くないの」と聞いたら「寒い」と答えた。彼の鼻も指先も赤くなっていた。だから毛布をあげたら、嬉しそうにくるまった。大きな犬みたいだった。
 そして彼は本を読んで新しい情報を得ると、誰かに話さずにはいられないらしい。一冊読み終わると、まずは部屋の中に戻ってきて、温かさに安心したように長い息を吐く。それから家事をしているわたしをつかまえて、得意げな顔で呟くのだ。
「なあ、革靴を履く犬、知ってる?」
「知らない」
「エスキモーは寒くて地面の氷が針みたいだから、犬の足を保護するために革靴を履かせるんだって」
「大事にされてるんだね」
 わたしが微笑むと、彼はしばらくじっとわたしを見た後、小さく「うん」と頷いた。それから考え込むように黙ってしまったので、わたしは家事の続きに戻った。
 夜寝る前に、わたしは目を瞑ってから、隣にいる彼に「おやすみ」と言った。彼は返事をしなかった。たいして気にもとめずにそのまま眠ろうとしたら、彼は突然起き上がって言った。
「あのさ、明日、日曜日だから革靴買いに行こう」
「?」
「エスキモーの犬のじゃなくて、きみのやつ」
「うん、いいよ、おやすみ」
 照れくさくて、わたしはさっさと会話を終わらせてしまったけど、彼はひとりで満足げだった。不器用な彼なりに、わたしに「ちゃんと大事だよ」って言ってくれたんだろう。
 自分の方が犬みたいなくせに。考えるとおかしくて少し笑ってしまう。明日、革靴を買ってもらったら、こんどはお返しに、エスキモーの犬の革靴を彼に買ってあげようかと思った。いつもお互いほったらかしなこと、たまに後悔する。だから時々、たしかめるみたいに、日曜日は買い物に行く。その時間がたまらなく好きだ。



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