アルファ3



 宝くんの部屋はいつも神経質なほどに整っている。特にベッドは念入りで、シワ一つ無い真っ白なシーツに顔をうずめるのはなかなか気持ちがいい。少し離れたソファから呆れたようにこちらを見る宝くんの手には、先月の誕生日にわたしがあげた分厚い本が抱えられている。
「花代さん、ベッドは眠るものだよ」
「じゃあお昼寝しようかな。宝くんも一緒にどう?」
 ごろりと仰向けになり、のけぞってへらりと笑う。からかわれていると思ったのか、本に視線を戻した宝くんの唇が尖った。不機嫌そうに活字を目で追う宝くんの、真剣な横顔を逆さのまま見つめる。
「綺麗だなあ」
 思ったのでそのまま口に出したら、彼はゆっくりとこちらを向いた。耳が赤い。
「…頭に血が上るよ、花代さん」
「たすけて」
 両手を差し出すと、しばらく逡巡したのちに宝くんが立ち上がる。本を置いてこちらへ歩いてきた宝くんがわたしの手を握った瞬間に、ぐいっと引き寄せた。あっけなくベッドへ倒れ込んだ宝くんは寝ているわたしを潰さないように必死で避けた結果、壁で頭を打った。
「いった…」
 ベッドの上で頭を押さえて丸くなった宝くんに少し驚きながら、「ごめんね」と呟く。こちらを睨んだ宝くんの目には涙の膜が張っていた。
「乱暴者…」
「だって触りたかったんだもん」
「ならそう言ってよ」
「ねえ宝くん、人間以外でお葬式をする動物を知ってる?」
 ふと昨日見たテレビ番組を思い出し、唐突に言った。
「知らないよ…」
 宝くんの呆れ顔。もう慣れた。
「象は群れで生活してるでしょ?仲間が死んだら、死骸をそっと撫でたり、葉っぱや土をかぶせたりするんだって」
「なんで今その話を」
「感動したから」
 言いながら宝くんの背中に腕を回したら、彼はびくりと固まった。
「なに、」
「触りたかったって言ったでしょ」
「ああ…」
 宝くんの困り顔。いちばん好きだ。
「…花代さん、暑くない?」
 夏になりかけた、蒸し暑い六月の室内。そっぽを向いた扇風機。なんとかわたしから逃れようとする宝くんが話しかけてくるのを無視して、力をこめて抱きしめた身体はあまりにも華奢だった。丸められた背中に、くっきりと浮いた背骨をなぞる。数を数えた。



090621



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