last zipper



 今ここにいる人間の中でいちばんのバカを決めるとしたら、それは間違いなく俺だよね。そう言った数秒後に青江はポケットから取り出した拳銃で頭を撃ち抜いて自殺した。おいおい、ここは日本だろうが、なんてつぶやいてみても意味はなく、青江がいなくなった今ここでいちばんのバカを決めるとすれば間違いない人物がひとりいる。俺の目の前で青江にすがりついて泣きわめいて後を追って死のうとしているクソ女だ。青江はあんたのことなんか毛の先ほども愛してなかったって、気付けよ。ここで死のうとしてんじゃねえ。あんたの薄汚い血と青江の血が混ざんだろうが。「死ぬんなら出てけよ」つぶやいたら女はキレて、テメエが出てけとわめいた。あたしが出てくはずがねえだろテメエが出てけ、大体なんでテメエが青江の部屋にいるんだよ、テメエは青江の何なんだよ、というかズボン穿けよ、死ね。俺が青江の何なのかって訊かれれば、それは多分このうるさい女とたいして変わらない。なんのことはない、ただお互いの欲求が一致したときに会って、足りないものを満たし合うだけ。ジュヨウとキョウキュウってやつだ。でも今回は少し様子が違ってた。
「青江はいつも言ってた、あたしだけを愛してるって」
「俺にはこう言ったよ。女にはそう言ってるが本当は違うって」
 まだ昼間だというのに異常なほど薄暗い室内の空気は生ぬるくて湿ったい。
「本当の青江はさァ」「黙れ」「俺を」「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」「愛してたんだって。でも俺は別に、あいつが好きで道楽に付き合ってたわけじゃない。需要と供給なんだよ、俺の欲しい金は青江が持ってて、青江が欲しいものは俺が持ってた。だから交換してただけ」
 今日、青江の金は尽きた。欲しいものを持たない相手に俺は興味を失った。だからその旨を青江に伝えた。もうアンタとは会わないよバイバイ。結果がこれだ。
「ぶっ殺すぞ、テメエ」
「殺せよ。あんたが部屋に入ってきたとき、青江は俺を殺そうとしてた」
 見える?と頭を仰け反らせれば俺の首にはたった先ほど青江が刻んだ痣がある。青江は着替えていた俺の首に後ろから手をかけた。ズボンのジッパーを上げようと手を伸ばした瞬間だった。圧力が増していったのは徐々にだったが、息が出来なくなるのはあっという間だった。せめて上着じゃなくてズボンから穿いておけばよかった、下半身丸出しで涎垂れ流して死ぬなんて間抜けすぎだろ、あ、首、折れそう、そしたらもう確実に死ぬよなあ、死ぬ、死、死死死死死死死…ってとこで部屋に入ってきたのがこの女だ。青江は自殺。初めてまぢかで聞いた拳銃の発砲音にはまったくリアリティがなかったが、血のにおいで満ちた室内は、間抜けなかたちで取り残された俺たちだけを包んで、どこまでもリアルを貫いていた。それが逆にアホくさい。強い目で睨み付けてくる女を鼻で笑って、俺はゆっくりとズボンのジッパーを上げた。



090415



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