青い舌



 太陽がぎらぎらしていた。
「ガラガラヘビは、においをかぐのに舌も使うらしいよ」
 古賀くんはわたしの知らないことをたくさん知っていて、珈琲を入れるのが下手くそで、散歩が大好きな人だ。古賀くんの働くカフェはわたしの父の店なので、小学校に入ったばかりのわたしはいつも文字の練習帳を片手に古賀くんを見ている。彼の接客はとても上手だが、珈琲を入れるのはわたしの方が上手い。
 わたしたちの共通する趣味は散歩で、だからよく一緒に河原なんかを歩く。今日も歩きながら披露してくれた古賀くんの雑学に感心してうなずくと、古賀くんはわたしのかぶっていた帽子を取り上げて自分の頭に乗せた。
「俺は知っているよ」
 帽子を取り返そうと伸ばした手は簡単に捕らえられてしまった。古賀くんの手はわたしと同じで白くて細くて頼りないけど、わたしよりは強い。
「西名がちっとも喋らないのは、その舌が青いからなのだよね」
 違うよと首を振ったが、古賀くんの意識はもう別のものに向いていた。古賀くんが見上げる目線の先をわたしも見てみる。首を真上に向けたら、まっ黒な雲が空を覆っていた。ついさっきまでぎらぎらしていた太陽もすっかり隠れてしまって、いくらか涼しい。いやな予感がする。
「あちゃあ。本日は雨ですか」
 古賀くんはそう言うと、わたしの手を握ったまま即座に踵を返そうとした。どうにか必死で抗う。一緒に動物園へ行こうというのは、三週間前からの約束だった。
「雨では仕方がないよ、また今度こよう」
 もう入り口の数メートル手前まで来ているのに、ここで引き返すなんて絶対にいやだ。涙目になった顔で古賀くんをにらみつけてやろうと首を回したら、目の前にわたしの帽子があった。あっという間に深くかぶせられて、前が見えなくなる。古賀くんの顔ももちろん見えない。ずるいぞ古賀くんは。
「帰ったら耳そうじをしてあげるよ」
 ひょいと抱え上げられたわたしの身体は、古賀くんの腕の中にすっぽり収まってしまった。古賀くんが歩き始めると、その揺れに合わせてわたしも揺れた。ふらふらする古賀くんの背中に手を回して、汗ばんだ服をぎゅっと握りしめる。
「それとも動物のものまねがいいかな」
 そう笑った古賀くんの後ろ髪を思いっきり引っ張った。抱きかかえられたまま胸に顔をうずめる。わたしがもっと大人だったらというのは常々考えさせられることだが、こういうときは、まだ子どもでよかったなあと思う。時々店にくる古賀くんの彼女は彼と手をつないでキスが出来るかもしれないが、その手に抱きかかえられて、心地よい温度と揺れの中で眠ることは出来ない。
「西名、今日も喋らないの?」
 うんと返した小さな声は、初めの雨粒が地面に弾ける音にかき消され、古賀くんの歩幅が焦ったように大きくなった。



090412



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