persona3 (主人公と真田|捏造10年後)

頬を掠めた風はまだ冷たかった。ゆらりゆらりと海が滑らかに動いて、それに合わせてあいつが海辺を歩く。3月の海に入りたいと、あいつが笑ったから俺も笑った。いつも理由なんて無い。強いて言えばあいつを少しでも幸せにしてやりたかったのだ。やれることは何でもしてやりたい。あいつはただの17歳の人間の男。それだけだから。
砂浜をぺたりぺたりと裸足で歩く姿が小さくて、昔と何一つ変わらないはずなのに、何だか無邪気に見えた。いや、実際無邪気なのだ。昔は見せなかったような、年齢より少し幼い顔をして笑うのだ。俺に気を使っているのだとしたら、本当の意味であいつを幸せになんてしてあげられていないのだろう。
普段から俺があいつを家に閉じ込めていたのは、あいつが他の人間に見られるのを防ぐためだった。もう死んだ扱いになっている人間だし、下手に連れ歩くと混乱を招くかもしれない。でも本当はそれだけなんかじゃなくて、何処かに独り占めしていたいという気持ちがあったのだ。もし今あいつを美鶴の目に入るようなことがあれば、間違いなく桐条のラボに連れていかれてそう簡単には返してもらえないだろう(もともと俺のものという訳では無いにしろ)。
なんてことのない、平和な幸せをあいつにあげたかった。できるならシャドウを生むような人間が居ない世界を、あいつに見せてやりかったのだ。それが訪れないと知っていても。
ひゅう、と一瞬細い風が巻いて、あいつが背中から海に落ちた。慌てて伸ばした腕は足りなくて、大きな水飛沫が静かな水面を乱す。ザパッ、と顔を出したあいつは酷く楽しそうで、泣きたくなったのだ。
「先輩がそんな顔することないのに」
お前こそ笑ってばかりいなくてもいいのに。ただ俺はずっとこのままでありたいだけ。戸籍のない今のお前に俺の名字をプレゼントして。二人でこのまま変わらずに寄り添っていたいだけなのに。
「あはは、二人でドイツにでも行きましょうか?」
「パスポートも無いけどな」
いつか誰も知らないようなところの海辺で、またこうして笑い合える日が来ることだけを信じて。あいつのミュージックプレイヤーからは10年前のまま音楽が流れ出して、俺はそれをあいつと二人で聞いた。繋いだ手に涙が落ちたのを、太陽だけは見ていたのだ。
「さあ、行こうか」