擦り傷、切り傷、打撲に捻挫。
骨折だってたまにする。
どーせすぐ治るし、大ケガしてもまあそんなに大事には至ってないし、気にしてはいなかったのに。



「あんたって人はホント生傷が絶えないわね…少しは懲りなさいよ」



そんなこと、初めて言われた。
今まで誰も気に留めなかったんだ、ケガをするのはまだまだ未熟な証。もっと延びしろがあるって。だから自分の身体を叱咤して修行してきたんだ。
でも、あかねは違う。オレがケガをすると辛そうな顔をする。泣きそうな顔をする。
いつも笑っていてほしいのに、なかなか上手くはいかなくて。



「…よくわかんねー」



どうして、ケガをしたオレ自身よりこいつは悲しそうな表情をするんだろう。
心配なんかいらねぇって、いつも言ってんのに。



「あたしがどんな表情してようと、乱馬までそんな顔しなくていいよ」

「え?」

「あんたは分からなくていいの」

「なんでだよ」



オレの腕に包帯を巻き付けながら、あかねは顔を上げる。怒ってるのか泣いてるのか、それとも笑っているのか、感情が全く読み取れない。
ただ真っ直ぐ見詰められて、何だか居心地が悪い。
後ろめたいことなんてないはずなのに、妙な焦りが生じる。



「……どうせ、乱馬には何言っても聞かないもん」

「…そ、そんなこたねーだろ」

「そんなことあるから言わないのよ」

「んなっ」



人を馬鹿にしやがって、なんてぶつぶつ呟いていると、あかねは微笑うんだ。
慈しむような表情で。
別にあかねが素直になった訳ではないし、オレだって意地を張っていることには変わりないのにドキドキしてしまう。
女の子じゃなくて女の人に見えてくるから不思議だ。



「あんまり大きな怪我じゃなくて良かったわね。念の為に東風先生のとこでも行ってきたら?」

「いーよんなもん、めんどくせーし」

「本当に、大丈夫なの?」

「え、ああ。大丈夫」

「無理とかしてないわよね?」

「してねーけど…何、お前がそんなに心配するなんて珍しいな」

「……」



本当に珍しい。反論もしてこねえ。拍子抜けもいいとこだ。
また俯いたあかねをそうっと覗き込むと、顔を見るなとばかりに手で頬を押される。…ビンタされるかと思った。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、いつもと様子の違う許嫁に溜め息を吐く。



「あのさ、何かあったのか?」

「何も、ないわ」

「あ…そ」

「うん」



何もない、ね。
そう虚勢を張るのもこいつの癖だと最近やっとわかるようになってきた。
側にいられることと側にいることは同じ意味のようで少し違うこともわかってきた。
初めてあかねに逢った頃より成長したよな、。
自分でうんうんと頷いていると、ふとしたこいつの表情や仕草を気にかけるようになっていることにも気付いて気恥ずかしくなる。



「〜…その、さ」

「?」

「オレは何ともねーから安心しろ」

「…何よ、急に」

「だっだから何も…何ともねえって言ってんだ!」

「怪我のこと言ってるの?それなら大したことないってわかってるわよ」

「あっそ。ならいーけど」



うそつけ。
震える手でオレの手当てをしながら涙目になってるあかねは何度も見てきた。心配かけてんだなって、その度に反省したんだ。
どんと軽く背中を叩かれたかと思ったら、もういつものあかねがいた。



「ねえ、今日の夕飯、カレーでいい?」

「え。まさか…お前が作っ…」

「てないわよ。どおせあたしが作る料理はまずいですよーっだ」



フンとわざとらしく拗ねたような口調が可笑しくて、オレは思わず吹き出した。
ダメだ、全くなんなんだこいつは。
これだから本当に、見ていて飽きない。
堪らず笑いだしたオレを睨み付けるあかねはちっとも怖くない。何もない日、何でもないこんな一時にただただ、思うのは。



「お前、ほんっとかわいくねえ」

「なっ何よ!笑いながら言うことないじゃない!」

「ふはっ、あははっ!ダメだ、笑いすぎて腹痛ぇ」

「ら〜ん〜ま〜!」



"誰よりも愛おしい"
─その一言に尽きるのだろう。






end