オレにとっての幸せ。
借金を全額返済して、あのくそおやじの会社が倒産して、ちゃんとした家に住んで、食費にも困らない生活が出来ること。
しかし現実は程遠い。
机の上にある請求書の束を眺め、何度目かわからない溜め息をついた。



「最近溜め息多いね、六道くん。何かあった?」

「…真宮桜」

「何か出来ることがあったら手伝うけど」

「ああ…」



貯金の残高がなかなかプラスにならなくて困っている、なんて、真宮桜には関係のない話だ。
でも、疲れているはずなのに、彼女の傍にいると何故だかとても安心する。オレを見上げる真宮桜の視線から少し逃げるようにあさっての方を向いて、にやけそうになる口元を抑えた。
近いのに遠い、こんな距離がもどかしくて楽しかったりする。
恋愛について確固たる確証も自信もないから、オレは矛盾した曖昧で微妙なこの関係にしがみついているんだ。



「そういえばずっと思ってたんだけど、もう魂子さんには本当に借金ないの?」

「そう…だな、おばあちゃんに借金は無い。アイツが代理人に立てているのはオレだけだからな」

「そっかぁ」



手が触れそうで触れない距離。
こうしてクラブ棟で過ごす放課後に違和感を感じることは少なくなった。
真宮桜と一緒にいることがいつからか当たり前になっていて、これから先もずっと側に居てくれるような、そんな優しさが感じられる。
オレは真宮桜に好かれていると、自惚れてもいいのだろうか。
どうしてこういう時に限って六文は黒猫集会なんぞに行ってるんだ…!!ぎこちない空気に緊張しつつ平静を保つのも楽じゃない。



「あ、あの、まみ、」

「六道くん、まだ造花の内職やってたよね?私もあれやってみたいな」

「……え」

「お仕事ないなら暇だし、手伝うよ」

「いいのか?」

「せっかくここに来たんだもの、何かさせて」



真宮桜の後ろから後光が差しているように見える…!地獄に仏とはこのことか。
いつもいつも申し訳ないと思いつつ、その優しさに甘えてしまう。
─もうすっかり依存してるんだ。
だってこんなにも嬉しくて、どきどきして、幸せを感じてる。側にいるだけで満たされるような、大切なひととき。



「すまん」

「え?」

「…ありがとう、な」

「うん、どーいたしましてっ」



部屋の隅に置いていた造花の入ったダンボールを手の届く所に配置し、材料を並べて真宮桜の隣に座って造花の作り方を教えると、理解する度に見せる笑顔が鮮やかで、なかなか顔の熱が治まらなかった。
花びらをひとつふたつ、集めて造花を作っていく作業は黙々としたものだが、時折家のことや学校のことについて他愛ない話をするのも楽しい。



「そういえばこの間ね、井本さんがカボチャをくれたんだ」

「園芸部、サツマイモ以外にも野菜作ってたのか」

「だからって勝手に盗ってきちゃだめだよ?」

「なっ、誰がそんなことするかっ!おやじじゃあるまいし!」

「あはは、冗談だよー」

「…ったく」

「今度そのカボチャで何か作ってくるね。食べたいものとかある?」



小首を傾げてオレを見る真宮桜は本当に…なんというか、無意識だとしてもタチが悪い。
思わず伸ばしてしまいそうになる腕を、手を、ぐっと抑えて、カボチャを使ったメニューを考えることに集中した。カボチャといったらなんだ…煮物?おじいちゃんが好きだったっけ…じゃなくて、やはりケーキやクッキーの菓子類とか、惣菜が定番だろうか。
どちらにしろ豪華なことには変わりないけれど。



「あ」

「思いついた?」

「…カボチャの、コロッケ…が、食いたい」

「わかった。じゃあお弁当に入れてくるよ」

「…楽しみにしてる」

「、わかった」



完成した造花の山がカサリと音を立てた。
こんな会話はいつもしていることなのに、2人きりのせいか心臓が普段の倍うるさい。言葉ひとつに意識して、返ってくる言葉にまた意識を集中させて、脳内で会話の整理をして、この空間でいつもと変わらない自分を保つことだけでいっぱいいっぱいになる。
近付きたいけど、逆に離れてしまうかもしれない。そんな心配にまた焦り、ループし続けて一向に進展しないんだ。



「なあ」

「?」

「お前は、オレにしてほしいこととか、ないのか」

「え?」

「いや、いつも手伝ってもらってるし…」



おばあちゃんとくそおやじのことを含めても、今まで彼女にかけた迷惑は数知れない。弁当だって作ってくれるし、死神道具を買うために金を貸してくれたりもするし、さっきもまたコロッケを作って来てくれると言ってくれた。
考えてみれば、オレは真宮桜から与えられてばかりじゃないか?
だから余計、頼りにされることが嬉しくなるんじゃないか?(もちろん、貸し借りについて申し訳ないという気持ちだけではないとわかっているけど)



「六道くんにして欲しいことかー…」

「金さえかからないなら何でもいいぞ」

「うーん…そうだなぁ…」

「……」

「て、」

「て?」

「…や…やっぱりいいよ、特に思い付かないし」

「手がどうかしたのか?」



真宮桜の左手を掴むと、オレの右手にすっかり収まる。少し冷たいように感じて何気なくきゅっと握ってみた。
そういえば、確かに真宮桜の手はいつも少しひんやりしているような気がする。体温がない訳では決してないが、前にもそんなことを真宮桜が言っていたっけ。
最近は涼しい日も増えてきたせいもあるのかもな。



「わ…あ、あの、」

「どうした」

「いや…えっと…なん、でもない…。六道くんの手、やっぱりあったかいね」

「まあ、たまたまだろ」

「……こーゆーこと、鳳にもするの?」

「は?何故あいつにしなきゃならないんだ?」

「…そっか」



お前だから、と言えたらいいのに勇気が出ない。
一瞬だけ柔らかな笑顔になった真宮桜を抱き締めたくなったなんて、オレもそろそろ重症らしい。もし好きだと告白するなら、借金がなくなってからにするべきだとわかっているのに心がもやもやする。
告白の代わりに、抱き締める代わりに、指を絡めて手を繋ぎ直した。



「ろ、六道くん、これじゃ作業できないよ」

「…手が温まるまで、だ」

「………わかっ…た」



もうとっくに温まってる、と手を離されないことに安堵。
こつ、と肩に寄りかかる真宮桜の重みに驚きつつもそれがなんだか幸せで。
早く借金を全額返済して、あのくそおやじの会社が倒産して、ちゃんとした家に住んで、食費にも困らない生活が出来て、真宮桜に釣り合うような人間になりたいと思った。



「(すき、だ)」



心の中で呟いて、もう一度しっかり手を握った。






end

パラドックスの続きみたいな感じになった…手を繋ぎたいって恥ずかしくて言えない桜と無意識にそれを実行しちゃうりんねが書けて満足^^←