今月も赤字だ。
母上は金に糸目をつけない上に未だあの憎き六道鯖人へ貢ぐのをやめない。いくらショックを与えないためとはいっても、こう生活費がなくてはいくら稼いでも疲労ばかりが溜まっていく。
それもこれも堕魔死神のせい。六道鯖人のせい。いや、六道一家のせい。
記死神の給料だけでは、我が家の復興もまだまだ遠い。
書類を見る限り、奴の息子の六道りんねは相変わらず借金返済生活を送っているようだが、それほどめざましい成果はない。六道りんねの命を担保にするのは仕方なく諦めたが、気に食わないことには変わりなかった。
苛立ちと、空腹感と、鈴の世話、母上の買い物の伝票整理。毎日毎日繰り返しているけれど、なかなか改善されない現状に僕は辟易していた。だからだろうか。
気分転換にと人間界に行ったのが間違いだった。少し座って休もうと、公園らしき所のベンチで居眠りをしてしまったのが間違いだった。

─目を覚ましたら、辺りは真っ暗だったのだから。



「…僕としたことが…」



欠伸をひとつ、それからゆっくり辺りを見回すが、歩道を歩いている人間が僕を気にかける様子はない。人間に見えないというのは少し便利だと思った。
まあ、今日の業務は終えていたし、鈴も母上の所にいる筈だし、心配はないだろう。
盛大に鳴った腹の音も、普通の人間には聞こえない。何か安いものでも買って帰るとするか、と立ち上がった時、見覚えのあるお下げ髪の女がこちらを見ていた。



「………僕に何か用か」

「えーと、用っていうか…たまたま通りかかったというか…」

「………」



そういえばこの女は霊感を持っている珍しいタイプの人間だった。六道りんねの側についていて、僕に奴の命を狙うなと念押ししてきたことはよく覚えている。
人間のくせに、あの世で怖じ気付くことなくものを言う度胸があるくらいだ、よほど六道りんねを信頼しているようだな。
僕の前で膨らんだ手提げ袋の中をごそごそと探る目の前の女子は、普通の人間からすれば1人でおかしな行動を取っているように見える、という自覚はないのだろうか?



「はい、これ」

「は?」

「お腹空いてるんでしょう?あ、メロンパン嫌い?」

「いや…そうではなく、なぜ僕に…」

「ママと一緒に沢山パンを作ったから、六道くんの所におすそ分けしに行く途中だったの。もしかしたら六道くんも食べきれないかもしれないし…良かったら貰って?」

「お、おい…」



そっと手に持たされた数個のパンはまだ温かく、焼きたてのいい香りがした。
六道りんねの関係者に借りを作りたくはないのに、空腹という生理的現象には逆らえない。再び僕の腹が音を鳴らし、目の前の女子─確か真宮桜とか言ったか─は僕を茶化すことはせずにただ微笑んだ。



「お腹が空いてたら、お仕事も満足に出来ないよ。記死神も忙しい部署だって、六道くんから聞いた」

「……」

「私、そろそろ行くね」

「あ、」

「?」

「─っそ……その、有り難く頂いておく」

「うん。それじゃ」




遠ざかる後ろ姿を眺め、手に持っていたメロンパンを一口かじる。



「…うまい」



そう感じるのはきっと腹が減っていたせいだ。
ただ、六道りんねがあの女子を側においている意味が少しだけ分かったような気がした。







end.
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りんねと架印は正反対のようで似ている2人だと思う。色々あったけど桜もそれほど架印を嫌悪したりせず、何だかんだ世話焼いちゃうんじゃないかなぁ、と。
でも架印が桜に抱くのは憧れに似たとても淡い恋心で、りんねはちゃんと桜に恋してるのが理想。魔狭人は絶対無自覚に、翼は露骨に、りんねは慎重に、そうやって誰からも好かれている桜を架印は見守ってそう。