人は鳥のように空を飛ぶことが出来ない。
だけど、六道くんは空を飛ぶ。黄泉の羽織のおかげだと分かっているけれど、彼の手を取ってふわりと身体の浮く感覚はいつも不思議。空を見上げるんじゃなくて、空から見下ろす。
六道くんは、羽を持っているんだ。
「真宮桜、ついて来る気か?」
「だって気になるし」
「……」
「だめ?」
「だめだと言ってもついてくるんだろう。…ったく、行くぞ」
「ありがと、六道くん」
手を取って、離さないようにぎゅっと握る。私が霊道ではぐれないように、と、六道くんは念を押す。きっと以前、六道くんの羽織の袖を持ったまま私が危うく輪廻の輪に乗りそうだったことを危惧しているんだろう。
生と死の境目にある世界は安全であるとは言えないってことは分かってる。だけど、知らない世界をもっと見たいんだ。
「りんね様!青いインコの霊がいました!」
「六文、真宮桜を頼む」
「りょーかいですっ!桜さま、こちらに!」
「うん、分かった」
大きく変化した六文ちゃんに乗ると、六道くんはどこからか網を取り出して霊道の中を飛び回るインコを追いかける。いくら仕事とはいえ、青い鳥を追いかけるなんてちょっと面白い。
確か童話の青い鳥って、手にすると幸せになるんだっけ?
ポケットに入れていた手配書を広げると、そこにはあの青いインコの姿が載っている。捕まえた人への賞金は10000円。死神の仕事ってすごいのかすごくないのかよくわかんないなぁ。
「待てっ!一万円!」
「りんね様ー!!がんばってくださーい!!」
六道くんは網を振り回してインコを追いかけているけれど、一向に捕まえられそうにない。鳥の餌とかあったらおびき出したり出来そうだけど、今はそんな場合じゃないしなぁ。
チチッ、囀りが聴こえたかと思うと、すぐ目の前に青い鳥。私の手に止まって、またさえずった。
「真宮桜!う、動くなよ…!」
「え、あの、」
「捕まえ───っげ!?」
「!わ、きゃあっ!?」
「りんね様!桜さま!?」
こっちに向かって網を振り上げた六道くんにびっくりして足が止まった次の瞬間にインコは私の手から飛び立って、代わりに六道くんが止まりきれずに私ごと倒れた。
幸いにも六文ちゃんの上からは落ちていないらしい。
「す、すまん…」
「いや、だいじょーぶ…」
「あの鳥…本当にすばしっこ…い……─っす、すまん!!今どけるっ」
「あ、待って!」
「なっ」
「じっとしててね?」
「え…ちょっ……」
私の上に覆い被さっていた六道くんの頭の上に、あのインコが止まっている。そっと両手を伸ばすと、大人しく捕まってくれた。
またインコがチチッとさえずって、六道くんは目を丸くしている。
「捕まえた、よ」
「………」
「六道くん?」
「…お前は…」
「なに?」
「……いや、助かった」
「これで一万円ゲットだね」
「そうだな」
はた、と目が合って、私はやっと今の体勢に気付く。そういえば押し倒される形だったんだっけ…。
流石に少し恥ずかしくて、互いに目を逸らした。
男の子とこんなに近距離にいることに慣れてはいないから、ドキドキして仕方がない。手の中のインコは楽しげにさえずって、私達の様子を面白がっているみたいだ。
「りんね様ー!!インコ捕まえたんですかー!?」
「!あ、ああ!真宮桜が捕まえてくれた」
六道くんは慌てて私の上からぱっとどけると、私に手を差し出す。捕まえたインコを渡すと捕獲網の中に入れて、六道くんはホッとため息を吐いた。
無事に任務は終了。
驚いたことが沢山あったけど、これもある意味青春っていうんだろうな。
「じゃあボク、当局にこのインコを引き渡して来ますね!」
「任せたぞ、六文」
「はい!」
「─っわ…!」
六文ちゃんが子猫の姿に戻ったため、上に乗っていた私の身体がかくんと落ちる、と思った途端に六道くんに腕を引っ張られる。相変わらず六道くんの瞬発力はすごいなあ。
それに、ふわふわ浮いているこの原理は一体何なんだろう?不思議だ。
感心していると、またため息がひとつ聞こえてきた。
「気をつけろ、六文」
「あわわわ、すみません桜さまっ!大丈夫ですか!?」
「うん、六道くんが引っ張ってくれたから大丈夫だよ」
「良かったぁ〜!じゃあボク、行ってきます!」
六文ちゃんが霊道に消え、六道くんは私の手を引いてクラブ棟の一室に戻った。生活感の増えた室内に、初めて六道くんと出逢った日からの時間経過が窺える。
窓から見える外の景色は桜がもこもこ咲いていて、空の青さとのコントラストがとても綺麗。
もし私に羽があったら、この景色の中を飛びたいなと思うくらいに。
「そっか…だからなのかな…」
「どうした?」
「あの青いインコが、逃げ出した理由」
「理由…?」
「きっと飛びたかったんだよ、こんな景色の空を思いっきり。私も飛んでみたいって思うもん」
「……そうか」
六道くんは窓の外を見ると、納得したように頷いた。
脱ぎかけていた黄泉の羽織を着直した彼は立ったまま、また私に手を差し出した。首を傾げると腕を引かれて、ふわりと身体が宙に浮く。
「ど、どこ行くの?」
「いいから」
「ちょっ…」
反論する隙もなく、六道くんは私を抱えて空を飛ぶ。
風に煽られて、日差しが眩しくて、目を細めてからゆっくり下を見ると、そこには絶景が広がっていた。
「…鳥の気持ちなんてわからんが、確かに空から見る景色は綺麗かもな」
「いきなり飛ぶからびっくりしたよ」
「う…悪い」
「でも本当、きれい」
「………そうだな」
繋いだ手は離さない。
─ううん、離せない。
私の背中には鳥のような羽はないけれど、六道くんの側にいると今まで知らなかった景色が沢山見える。
日々を重ねれば新鮮味もなくなるんだろうなと思っていたけれど、全然そんなことは無い。毎日、六道くんに会うことが楽しみなんだ。どんな発見があるだろう、どんな事件があるだろうって、ワクワクするから。
飛ぶ原理なんて分からない。
そもそも原理なんて求めることが変かもしれない。霊だってそういう存在だと思う。
意味や理由はいつだって不確かなものだらけ。
「六道くんが飛べるから、見れた景色だね」
考えたって無意味なら、楽しまなくちゃ損だよね?
今なら絵本のような本物の"幸せの青い鳥"をこの空に探せるような気がした。
end