※乱⇔シャ視点


好きって聞かれたら好きだし、誰かに取られるのは嫌だ。オレのものだっていう証拠は、許婚っていう上辺だけのものだけど。
素直になれば、きっと簡単なんだ。
でも、そんなオレはなんだか格好悪く思えてしまうから、今日も意地を張る。あいつが素直になればいいんだ、と、責任を押し付けて。



「どうした乱馬?猫飯店の新しいラーメン、気に入らなかたか?」

「いや…別に、うまいよ」

「大歓喜!私と結婚すれば毎日食べ放題ね!」

「……」

「…今日は上の空あるな」

「え、あ…なんでもねーよ。あかねは委員会で忙しいんだと」

「それでここに来たあるか」

「暇だったしな」



結局はあかねへの当て付けね。
最近の乱馬は前ほど私を見てはくれなくなった。利用されてると分かっていても、私は行動を起こせない。だって、好きだから。
抱き付いた腕をそっと離して、きれいに食べ終わった食器を片付ける。



「…乱馬は、あかねのことが好きあるか」

「………」

「なら、嫌いあるか」

「…誰が、あんな奴」



本当は好きだ。東風先生を一途に想っていたあかねが、初めてオレに向かって笑顔を見せてくれた時からずっと、好きだ。
だけど今更、そんな会話があかねと成立するとは思えない。
それでもオレの方を見ていて欲しいから、オレは今も猫飯店やうっちゃんの店に足を運ぶ。我ながら女々しいとは思うけど、くだらねぇプライドだと思うけど、どうすれば一番いいのかがわからないっていうのが本音。
シャンプーはトレーに乗せた食器を店の奥に持っていったかと思うと、またすぐ戻ってきた。



「…これ、ムースが作ってた新作デザートね」

「え?」

「今の乱馬、ちっとも男らしくないね。私はそんな乱馬を好きになったんじゃないある」

「シャ…」



私は乱馬の目の前に昨晩ムースが作っていたババロアを出し、そのまま店の奥に行ってエプロンを外した。
馬鹿馬鹿しい。つけ込む気にもならないある。本当はあかねのことが好きなくせに。いつまで乱馬は自分の心を偽り続けるか?
ぶつけてやりたい怒りにも似た感情は、私自身が惨めになるようで悔しいから絶対言ってやらない。
私だって、辛い。



「ん?シャンプー!どこに行くだか?出前ならおらが…」

「あかねの所ね。店番は任せたある」

「シャンプー…?店に客がまだ……─って何じゃい、貴様か」


「んあ?ムース…」



さっきの質問は一体なんだったのか。シャンプーの真意が読めなくて、スプーンをくわえたまま天井を仰ぐ。
シャンプーと入れ替わりに店に出て来たムースは、エプロンを身に着けながらオレを見て眉を顰めた。
次にオレが食べているデザートを見てカッと目を開く。



「そっ…それをなんで…」

「これか?なんかさっきシャンプーが出してくれて…あ、お前が作ったって言ってたな」

「おらがシャンプーのために作ったババロアじゃい!乱馬などに食わせるためではないわっ」

「なんだよー!オレは客だぞ!」

「天道あかねへの当て付けに来とる奴が何を言うか!」

「っ、」

「シャンプーは何も言わんが……お主は女子の気持ちというものを考えなさすぎるだ!」




私は自転車をこいで風林館高校へ向かう。乱馬とあかねのためじゃない。私のために。
乱馬が好きな気持ちは変わらない。だけど、2人がいつまでも意地を張り合っているなら私はもう容赦しない。眩しい昼下がりの日差しに目を細めると、前方に水色の制服を着たショートカットの女子高生が見えた。



「…あら、シャンプー。出前の帰り?」

「あかねに会いに来たある」

「乱馬じゃなくて、あたし?」

「ひとつ、聞きたいことがあるね」

「何かしら」

「…あかねは、乱馬のことが好きあるか」



ムースの言うことは全て本当の事だと、分かっているくせにどうにも出来ない自分に苛立つ。わかってんだよ、そんなことは。だけどここでムースと喧嘩するのは所詮憂さ晴らしで、八つ当たりでしかない。
シャンプーの気持ち、あかねの気持ち、女心なんてわかんねぇもんはわかんねぇ。そのくせ、自分に意識が向いていないと不安になる。
自分でも面倒くさい性格だと思う。



「……っせぇな…」

「なんじゃと?喧嘩なら買うだ」

「バーカ。誰が喧嘩なんてするかよ。少しくらい客にも気を使いやがれ」

「タダ飯目的の奴を客とは思わん」

「あのな…」

「…今更反省しとるのか?阿呆じゃな」

「女なんてわかんねぇよ」

「お主、シャンプーに謝りでもしたらぶん殴る…いや、ぶん殴られるな。天道あかねもまた然り」

「ムースはわかんのかよ、女心ってやつが?」

「…好きな人が他の誰かを想っているのを見ていることは辛いというのを知っておるからな」

「それってどういう…」



私の問いに、あかねは一瞬目を伏せてから真っ直ぐ私を見た。さっきの乱馬とは違う。ライバルである私に対して真剣に向き合おうとする瞳。
だけどどこか悲しそうで、私は思わず息を飲む。
聞くんじゃなかった、そんな後悔が頭をよぎって逃げたくなる。でもそれはプライドが許せない。同じ男を好きになった女として、逃げてはいけない。



「…あたしは、……─すきだよ」

「………」

「乱馬には面と向かって言えなくて、喧嘩ばかりしちゃうけど。…なんで乱馬なんかって、思うこともたくさんあるけど。あたしは、あいつが好きみたい」

「ずいぶんあっさり認めたあるな」

「はぐらかしたって意味ないでしょ?」

「それは…」

「シャンプーの気持ちが真剣なものだって分かってるんですもの。あたしだって、…恥ずかしいけど、言葉にするわよ」

「……っ、」



『好きな人が他の誰かを想っているのを見ていることは辛い』、そう言ったムースはシャンプーと自分のことを考えているんだろう。別にオレはシャンプーに好かれたかった訳じゃない。…なんて言っら本当にぶん殴られそうだ。
だけど、その言葉をオレとあかねに当てはめてみて、もしあかねの好きな奴がオレじゃなくて東風先生とか、真之介だったら。すっげー苦しい。苛々する。そう気付けばオレが今までどれだけのことをしてきたのか、あかねが、シャンプーが、周りの奴がどんな思いでいたのか。
情けねえ、ほんと、情けなくて、プライドどうこうじゃねぇんだってやっと分かる。



「表情を見てる限り、やっと事の重大さが分かっただか」

「…フン、オレが謝るとでも思ったか」

「そうじゃな、一発くらいは殴ってやりたかったが」

「んじゃ行くわ。ババロアごっそーさん」

「乱馬」

「ん?──っぐぁっ!?」

「…今の一発はシャンプーの分じゃ。おらの気はまだ済まん。殴り返すか?」

「ってぇ…ムース、お前な…」

「世の中が貴様を中心に回っていると思うなよ」

「へいへい。じゃあな」




まさかあかねがこんなにハッキリ言うなんて。もし乱馬のようにはぐらかして、気持ちを偽っていたら、私は本気であかねから乱馬を奪おうと思った。
だけど、乱馬の態度に嫉妬して、2人はいつも喧嘩ばかりしているのに、あかねの心が揺らぐことはない。私より弱くて不器用なのに、強い、と感じてしまうのはそこだ。
乱馬を諦めることはしないけれど、あかねの言葉に安心している私がいたのも事実だ。少しなら心の整理もつくというもの。



「シャンプー…、もしかして乱馬が何か迷惑でもかけた?」

「迷惑?そんなのいつものことね」

「まあ…確かに」

「でも、私だって乱馬が好きある。…あかねには負けない」

「あたしだって、負けないから!」



猫飯店を出て少し駆け足で学校への道を走っていると、シャンプーとあかねの姿が見えた。
一体何を話してるんだ?
険悪な雰囲気かと思えば、そうでもない。むしろ2人とも笑っている。あんなに仲良かったっけ?
少し足を止めると、オレに気付いたあかねが手を振った。



「こんな道端で何してんだ?」

「いや…あんた、その顔どーしたの?」

「え、あ…さっきちょっとな」

「……ムースの奴あるか。全く、男はわからないね」

「あーあ、腫れてるじゃない。早く冷やさないと……ちょっと待ってて」



あかねは近くにあった民家を訪ね、私と乱馬は必然的に2人きりになる。
きっとムースがまた乱馬に対して一方的に怒ったのかもしれない。だけど乱馬の顔が腫れるほど強く殴るなんて、馬鹿あるな。帰ったら一発殴らないと気が済まないね。
半ば八つ当たりでやけくそな思いだけど、奴の行動を咎めることは出来ない。



「まあ、自業自得だからなあ」

「…乱馬」

「別に気にする程じゃねーけどさ」

「少しはあかねを見習うよろし」

「は?」

「今日の所は帰るね。再見」

「おい、シャンプー?」


「あれっ?乱馬、シャンプー帰っちゃったの?」

「あ、ああ」



あかねは濡らしてきたハンカチをオレに渡し、自転車で去るシャンプーの後ろ姿を見ていた。
さっき言われたことといい、2人は何を話していたんだろう。気になるのに、なかなか聞けない。軽はずみな質問は、また誰かを傷つけるかもしれないと不安になる。
清々しい表情のあかねを見るに、オレが聞くようなことではないようにも感じた。なら、聞かなくてもいいと自己完結して、ハンカチを頬にあてる。



「乱馬、あんたシャンプーに何か言ったの?」

「え?何かって?」

「……ばーか」

「なんでぇいきなり」

「ムースが殴らなかったら、シャンプーが。シャンプーが殴らなかったらあたしが殴ってやったのに」

「………」

「ったく…東風先生のとこ行こう。それ、一応診てもらった方がいいわよ」

「いい」

「え?だってすっごく痛そうなんだけど」

「いいっつったらいいんだっ!帰るぞあかね」

「待っ…ちょ、手!離してよ!」

「うるさい」

「ちょっとぉ!」



ムースが殴ってなかったら、きっと私が殴ってた。
自転車を飛ばしながら、夕焼け空を眺める。こんなに空は綺麗なのに、やっぱりどこか悔しさがこみ上げて。
あかねは弱くて不器用だけど、優しい。私にはない強さがあって、乱馬がそれに惹かれていることを知ってる。利用されてもいいと思っていたけど、やっぱりそれだけじゃ嫌ある。
こんなにこんなに好きなのに、叶うことはきっとない。



「(…それでも、私は)」


「シャンプー!帰っただかっ」

「………」

「また新作点心を作ったんじゃ!試食してくれんか?」

「その前に、一発殴っていいあるか?ムース」

「え゛っ…」



結局は八つ当たり。
だけどそれが一種の愛情表現とも言えるってこと。






end!