スザクとルルーシュ








いつからか、窓際で頬杖をつきながらつまらなさそうに欠伸をしているルルーシュを眺めるのが日課になっていた。
教科書さえ読んでいれば、授業なんて必要無い。
これが彼の口癖。
生憎成績があまり思わしくない僕には分からないけれど、ルルーシュはいつも呆れたようにそう言っている。

言うだけあって成績は優秀。多分学年で、いや、学校で1番。
しかも容姿端麗でおまけに生徒会副会長と言うオプション付き。
モテないはずがなかった。
勿論ルルーシュの幼なじみとしてずっと一緒に過ごして来た僕も例外では無い。
大人びているところもあるけどちょっと鈍臭くて、実は家事が得意で妹さんをとても大切にしているルルーシュ。
ダメダメな僕にも優しく笑いかけてくれて、スザクがいるから授業はつまらなくても学校には来るよと言ってくれる可愛い可愛いルルーシュ。

好きにならないはずが、なかった。





Out Of Love





「ルルーシュ帰ろ?」

一人生徒会室に残っていたルルーシュに声をかける。
いつもならこの時間には全ての仕事を片付け終わってきちんと整理整頓が施されているはずなのに、今日は何故だかまだ机に沢山の書類が広がっていた。

「珍しいね、ルルーシュがてこずるなんて。」

何か大変な仕事なの?手伝おうか?
そう言おうとした僕を、ルルーシュは綺麗な紫色の瞳で真っ直ぐに見つめた。

「…どうか、した?」

「い、いや、あの…」

どぎまぎしながらも何とかそう返せば、ルルーシュは暫く考えた後おずおずと口を開く。

「実は、さ…」

「うん?」

「…さっきジノに、告白された。」

瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。ルルーシュが告白されるなんて日常茶飯事だけれど、わざわざ僕に、しかもこんなに戸惑いながら報告してくるなんて初めてだったから。
だってもしかして、ジノのこと…?
必死に言葉を探す。上手い言葉が出てこない。
ルルーシュはこう見えて恋愛には結構奥手だ。今までだって恋人はいたことないし、だから何時だって僕たちは一緒だった。どんな時だってルルーシュの隣にいるのは僕なんだと思っていた。それが例え、親友としての位置付けでも構わない。
それでも何時かは誰かと結婚して、幸せな家庭を築いてほしいとちゃんと考えていたつもりだった。
男の僕じゃ、そんな幸せを与えてあげることは出来ないことは分かっていたから。
でもまさか、その時がこんなに早くくるだなんて思ってなかった。いや、むしろ遅い方なのかもしれないけれど。

「スザク…?」

。君が好きなんだ。愛してるんだ。男のジノでいいって言うんなら、なら僕だっていいでしょう?僕だってこんなに君を必要としているんだ。こんなにも君を想っているんだ。君以外は何にも要らないんだよ。

だけどルルーシュはちゃんと、ちゃんとジノだから好きなんだと、誰でもいいだなんて思うような人じゃないと、そんなことは僕が1番分かっているはずなのに渦巻く思考を止めることが出来ない。

「…あの、」

ルルーシュが不安げに瞳を伏せた。僕に背中を押してほしいんだとは分かっていても、頑張れだなんて絶対言いたくない。それくらいなら正直に僕も君が好きなんだと一言伝えて、それで綺麗サッパリこの気持ちとサヨナラするのはどうだろうか。17年間供にしてきたけれど、それももう清算しよう。それで、新しく一歩を踏み出そう。勇気の無い自分にはもうほとほと嫌気がさしたんだから。
意を決してルルーシュの肩を掴むと、ルルーシュがゆっくりと顔を上げた。心なしか頬が紅潮している気がする。きっとジノのことを考えていたのだろうと思っても、それでも君は本当に、本当に綺麗だね。

「…僕は君が、えと、君、が」

「スザク…?」

「えっとだからあの、君が、君が…思うように…君の、好きなようにすればいいと思うよ。」

ルルーシュはそうかと言ってまた少しだけ俯いた。どうやって返事をしようか迷っているのだろうか。
僕はそれでも必死に笑顔を守っている自分が、本当に、本当に、嫌いになりそうだった。



あぁ、また、可哀相な僕の気持ちはいつまでもここに取り残される。
何時まで足踏みをしたら、僕はスタートを切ることが出来るんだろうか。







***

いつからかスザクと一緒にいる時間を掛け替えのない、とても大切な時間と感じるようになっていた。

おはよう、って、真ん丸の翡翠の瞳を細めてにっこり笑うスザク。
ちょっと空気が読めないところもあるけれど、それすらも愛しい。誰にでも分け隔て無く優しくて、周りに気遣いが出来て。おまけにスポーツは万能、学年で、いや、きっと本気を出せばもっともっと上を目指せるんじゃないかと思うくらいだ。今までだって、沢山沢山守られた。これからも、ずっと一緒に居てほしい。
スザクがいるから学校に行くよと言った俺に、じゃあ毎日迎えに行くからと満面の笑みで応えてくれた優しい優しいスザク。

好きにならないはずが、なかった。











今朝、ジノに告白された。
別に何とも思わなかったから断ろうとしたのだけれど、返事はもう少し後にしてほしいと言われその場を立ち去られてしまったのでは仕方が無い。

俺はスザクが好きだから、他のどんな人から告白されてもそれに応える気は無かった。
だからスザクに彼女がいないのは俺にとって大変喜ばしいことだったし、暫くこのまま隣を独占していられると思っていた。
だからリヴァルからスザクには好きな人がいるらしいと聞いた時、俺は本当に焦った。いつものポーカーフェイスなんて、たちまちどこかへ行ってしまう程に。
聞けば直接聞いた訳では無いらしいが、スザクにその手の話を振った時の反応を見るとかなり怪しいということだ。
普段なら何をそんな根拠の無い話を。そう言って終わらせるところなのだが、スザクのこととなるとどうもそうは行かない。
わしゃわしゃと頭を掻きむしり、一つ溜息をつく。正直生徒会の仕事なんて全く手につかない。
暫くうんうん唸っていたら、もうすぐスザクが迎えに来てくれる時間になっていた。
冷静な顔で話をすることが出来るのだろうかと不安になる。
ルルーシュ、僕、恋人が出来たんだ。いつかそう言われる覚悟はしていたつもりだったのに。

でも、だけど。叶わないと分かっていてもいつかはこの気持ちを伝えようと、伝えたいと思っていた。
スザクの恋を邪魔する気なんてさらさら無い。でもだって、好きなんだ。こんなにこんなに好きなんだから、伝えるくらいは許されるのではないだろうか。
だから、このまま手を拱いて見ているくらいなら、少しくらいは頑張ってみようと思ったんだ。

「…さっきジノに、告白された。」

迎えに来てくれたスザクに戸惑いながらもそう告げる。驚いているのか、スザクは真ん丸い目をぱちくりさせていた。
スザクがこれを聞いて一体どんな反応をするのか、ズルい俺はそんなことを考えた。
しかし暫く経っても何の反応も無いので、緊張でどうにかなってしまいそうだ。

「スザク…?」

スザクは黙ったまま動かない。これは、どう受けとったらいいのだろうかと必死に考えるも、沈黙が続けば続くほど不安が募った。

「…あの、」

何か言おうとしたのだけれどあんまりに近くにスザクの顔があって、俺は思わず下を向いてしまう。
近くで見たら、本当にますます格好よくて。
いつか誰かに取られてしまうと思うと怖かった。やっぱり、俺はお前が。

気付くとがっちりと肩を捕まれ、驚いて顔を上げる。こんなに近くにスザクの温もりを感じて、自然に頬が紅潮した。
スザクが何とも言えない表情で俺を見ていて、しかも眉は不安そうに垂れ下がっている。
もしかしたら、もしかしたらスザクも俺を。

「…僕は君が、えと、君、が」

「スザク…?」

「えっとだからあの、君が、君が…思うように…君の、好きなようにすればいいと思うよ。」

そんな淡い期待は、直ぐに溶けて無くなった。

涙が落ちて来そうで、思わず下を向く。
おかしいな。いつもなら、もっと上手くやれるはずなのに。

「ルルーシュ、仕事残ってるみたいだし、僕先に帰るね?頑張って。」

顔を上げて、何とかこくんと頷いた。
お前の笑顔は、時に酷く残酷だ。







****
「スザクー!何やってんだ?」

放課後、ぼんやりと窓の外を眺めているとジノに思い切り背中をどつかれた。

「別に。ちょっと考え事。」

「珍しいな、スザクがそんな深刻な顔して悩んでるの。」

「…まぁ、ちょっとね。」

相変わらず僕の肩を掴んでいるその手を、本当は今すぐにでも振り払ってしまいたかった。
無邪気に笑うジノが羨ましくて、妬ましくて。
ルルーシュはきっと彼の告白を受けるだろう。だって、わざわざ僕に報告して来たぐらいなんだから。


「僕、帰るから。」

「ルルーシュ先輩を待ってなくていいのかい?」

ジノの口からルルーシュの名前が出た瞬間、頭に血が上りそうになるのを必死に堪えて僕は教室を後にした。





帰り道をのんびり歩く。一人で歩くその道は、なんだかやけに静かだった。

これから一体どうしたらいいんだろう。
とは言っても元々告白する勇気すら無かったんだから、どうするもこうするも無いのだけれど。

それでもルルーシュの顔を見るのは辛かった。彼の隣を歩くのは何時だって僕であると、いつの間にかそんな風に自惚れていた自分がどうしようもなく情けなくて泣きたくなる。

「あらスザク!ルルーシュは一緒じゃないんですか?珍しいですね!」

後ろからぽんと肩を叩かれ振り向くと、ふんわりと華みたいに笑うユフィの姿があった。

「うん、今日はルルーシュ遅くなるかもしれないからさ。」

「いつも待っているじゃありませんか。何かあったんですか?」

「ううん、たいしたことじゃないんだ。…たいしたことじゃ。」

「ならいいんですけど。ほらスザク、スマイルスマイル!」

そう言ってユフィはまた笑った。きっと何かあったのだろうとユフィには分かっているんだと思う。
それでも深く追求せずに懸命に僕を励まそうとしてくれる彼女の気持ちが嬉しくて、だから僕もほんのちょっとだけ笑顔を取り戻すことが出来たんだ。









***
あれから残りの仕事を片付ける気にもならず、さっさと書類を整理して生徒会室を後にした。
ちゃんと仕事をしなかった罰なのかな。変な期待を抱いた俺に、反省しろと言いたいのかな。
今もまだ頑張って仕事をしていたら、そしたらこんなシーン、きっと見なくてすんだはずなのに。




桃色の髪をなびかせ笑う彼女はとても魅力的だ。おっとりとしていて、いつも皆のことを考えていて。

スザクも笑っていた。二人で、笑っていた。

スザクの好きな人は多分ユフィなのだと得体の知れない確信を得た俺はその場に立ち尽くすことしか出来ない。
ユフィは可愛い。優しい。
いつも自信過剰な俺だけれど、学園のマドンナである彼女と競って勝てる等とは毛頭思っていない。まず同じ土俵に上がることすら出来ないのだから、当たり前の話だが。
彼女は恋愛対象、俺は親友。どう頑張ったって勝てる訳が無い。

へたりこみ、崩れ落ちそうになった俺の腕をふいに誰かが掴んだ。

「ルルーシュ先輩、大丈夫?」

「…ジ、ノ?」

驚いて顔を上げると、目の前にはジノが立っていた。彼は俺を支えてしっかり立たせてくれて、それからにっこり微笑んだ。

「危なっかしいから、ほって置けないな。」

「…悪かった。ありがとう。」

「そんなに、そんなにスザクが好きなの?」

「え?」

「先輩がスザクを見てる時、私だっていつも先輩を見てたんだ。気付かない訳が無い。」

驚いている俺に、ジノは優しく諭すように続けた。

「返事後でって言ったのは、知ってたからなんです。断られるのは最初から分かってました。返事、聞かせてもらえますか?」

「何で…何でだ?」

訳が分からない。ジノの強い瞳を見つめ、問い詰めるように言った。

「何で叶わないと分かってて、だって…怖くないのか?」

嫌われるかもしれない。二度と話すことが出来なくなるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。
そんな気持ちばかりが先行して、俺は結局何も出来なかった。

「先輩はさ、私のこと嫌いになった?」

「そんなわけ!」

「でしょ?先輩がそんな人間だったら好きになってないよ。もうちょっと信用してやってもいいんじゃない?アイツのこと。」

ジノは優しく笑った。本当に、綺麗に。
そうか、そうかもしれない。スザクがそんな人だったら、きっと好きになってなんかなかった。優しいお前のことだから、ちょっと困ったように笑いながらごめんねって言ってくれるかな。

「…行くよ、俺も、お前みたいに笑いたいから。ごめん。俺は、俺はスザクが好きなんだ。」

「…はい。めちゃめちゃ不本意ですけど、頑張って下さいね!」

私は貴方の笑顔に惚れたんですから。
そう言って、ジノはひらりと手を振って歩いて行った。
なんて強い、大きな背中なんだろう。
ありがとう。好きになってくれて、本当にありがとう。
いつかはあんな風になれるといいななんて思いながら、流れる涙を必死に拭った。







***
「スザク、ちょっといいかな。」

翌日、気を使ってわざと一人で帰ろうとしていた僕を何故かルルーシュは呼び止めた。

「…僕に遠慮なんかしなくていいんだよ?だから、ジノと帰りなよ。」

語尾が冷たくなったのが自分でもよく分かった。目の前のルルーシュも不安げに僕を見つめている。それでもどうしようもなかった。どうすることも出来なかった。

「じゃあ、僕帰るね。」

精一杯の笑顔を繕って再び歩き出す。本当はルルーシュと話をしたい。一緒にいたい。
でもそう思う度頭の中にジノの顔がちらついて、たまらない気持ちになった。
ルルーシュは少なくとも友達として僕を好きでいてくてれいるだろうことは分かっていても、そう簡単に気持ちを切り替えることは難しい。

「スザクは俺のこと…嫌いか?」

ぽつりと、ルルーシュが呟いた。
僕は驚いて歩を止める。

「嫌いならそう言ってくれ。そしたらもう、話しかけたりしないから。」

ゆっくりと深呼吸をしながら振り返る。もう、話しかけない、か。もしかしたらその方がいいのかもしれない。嘘の笑顔で一緒にいる人間を、友達とは呼べないだろうから。

気づけばルルーシュは僕の目の前に立っていた。紫色の綺麗な瞳が真っ直ぐに僕を捉える。
頭がくらりとした。ルルーシュ。ルルーシュ。ルルーシュ。
分かってた。最初から分かってたんだ。嫌いだなんて、口が裂けても言える訳がないじゃないか。

「スザクが、ユフィを好きなことは分かってるけど…」

だからその言葉を聞いた時、僕は本当に驚いて、それでもってその誤解がもの凄く気に入らなくて、気付いたら声を大にして叫んでいたんだ。

「何言ってんの…!?僕が好きなのはユフィじゃない!」

次の瞬間、僕はルルーシュを引き寄せ力いっぱい思いっきり抱きしめた。

「僕は…僕が好きなのは…!」

「ス、ザク…?」

言いかけて、ルルーシュの声が聞こえてきたことではっと我に帰った僕は慌ててその手を離す。

「…ごめん。君にはジノがいるのに。ごめん。」

理解ができないとでも言うような、キョトンとした表情のルルーシュ。
それはそうだろう。突然こんなことされて、訳が分からないに決まってる。

「ごめんね、本当にごめんねルルーシュ。もう話しかけたりとかしないからさ。」

だから、幸せにね。
ちょっと迷って、最後にそう付け加えた。上手く言えただろうか。ちゃんと笑えてるだろうか。これ以上ここにいたらなんだか涙が溢れて来そうで、今度こそ立ち去ろうとした僕の腕を、しかし何故かルルーシュが掴んでいた。

「ルルーシュ…?」

「嫌いなのか?俺のこと、嫌いなのか?」

僕は言葉を詰まらせた。やっぱり、嫌いだなんて言える訳が無い。あんなことして、それでもまだ僕を許そうとしてくれるだなんて本当に君は優しいんだね。幸せになってほしい。だから、首だけこくんと前に倒した。

「…嘘つき。」

すると何故かルルーシュは、僕の胸にゆっくりとその整った綺麗な顔を埋めた。目が合って、にっこり笑って。
次の瞬間、優しく触れあった唇。

「お前の嘘なんか、俺には分かるんだよバカ。」

涙を流しながら、ルルーシュはそれはそれは美しく微笑んだ。

「でも、バカなくせに優しいから、隠すから、今回ばっかりは本当に無理かとおも…!」

泣きながら叫ぶルルーシュを、本能のまま両腕で思いきり抱きしめる。あったかい。いい匂いがする。
ルルーシュの、匂いがする。

「スザク?」

「夢じゃない。」

「え?」

「夢じゃ、ない…。」

当たり前だろって言いながら、ルルーシュは僕の腕の中で笑っていた。
それから急に真剣な表情になったかと思うとゆっくりと体を離されて、少し名残惜しかったけれど僕も抱きしめていた手を緩めた。
それからルルーシュは僕を見つめて、ゆっくりと口を開く。

「…あのさ、ジノの告白は最初から断るつもりだったんだ。だって俺は、ずっと前からスザクが好きだから。」

試すようなことをして本当に悪かったと、ルルーシュは不安げに瞳を揺らしている。
そう、だったのか。試されているだなんてそんなこと、単純な僕は考えもしなかった。同時に、ルルーシュも僕の一挙一動に心を揺らしていたのかと思うと、とてつもなく嬉しくなる。
君も僕と同じだったんだね。ちょっと不器用で、自分の気持ちを伝えるのが怖くて。

「…ううん。ルルーシュは悪くないよ。僕が、素直になれなかったから。」

受け身でばかりいるのはもうダメなんだ。だから、今度こそ伝えなければいけない。意を決してルルーシュの方を向く。
昨日は言えなかったけど、でも。

「僕はルルーシュを、愛してるんだ。だから、これからも僕と一緒にいてくれる…?」

「…俺も、俺もスザクじゃないとダメなんだ。」

久しぶりに見れたルルーシュの笑顔。
ゆっくりと顔を近付ければ、瞼を閉じてふるふると長い睫毛を震わせているルルーシュ。可愛い。好き
。大好き。
さっきはあんまりに突然でよく分からなかったので、今度は僕から、その柔らかい感触を確かめるように、優しく唇を重ねた。