サッカー部は人数の少ない弱小クラブだった。
俺は弱小クラブの弱小キャプテンだった。
大事な試合に限って踏ん切りがつかず、ここぞというときに動けない。
責任感と恥ずかしさに圧迫されながら最後の礼をする、そんな練習試合はしょっちゅうだった。
だけど練習試合が終われば、いつもあいつがいた。
あいつが笑って待っていたのだ。
お疲れ様、そう言って、水を持って、いつだって笑っている。

天井の模様を見ながら、そんなことばかり考えて、もう何日そうしているだろう。
卒業直前の夢の自由登校は予想以上に暇だ。

(‥うるせえな)

机の上でバイブ設定の携帯が激しく震えている。
ブィィイ、ブィィイ。
俺はベッドから出ることなく腕を目一杯伸ばして震える携帯を手にとった。

着信 佐山

思わず起き上がる。
予想外の相手に思考は一瞬停止して、電話の内容を色々考えたけどどれもピンと来ず、観念して電話に出た。

「もしもし?」
『もしもし先輩?佐山です』
「おお」
『あ、まさか寝てました?
 声が寝起きですよ』
「寝てました‥」
『ふふ、やっぱり』

一瞬の沈黙で、教室独特のざわめきが後ろに聞こえた。
そういえば二年は今テスト期間中だった。
テストを終えた独特の解放のざわめきが、今からみんな帰ってまた明日のテストに備えるんだろうと想像させる。

「どうした?」
『テスト明け、クラブ来てくださいね、みんな待ってます』

クラブマネージャーとはいえまさか佐山から言われるとは思っていなくて、動揺して頭の回転が鈍る。
言い訳、言い訳‥‥いや、もうなんでもいい。

「でも忙しいからさ、」
『先輩K大受かったんでしょ?』

参った、そこまで知ってるのか。
俺の沈黙はその質問への肯定になって、その肯定のせいで返事が出来ず沈黙の連鎖に襲われた。
廊下に出たようで、後ろから聞こえる声の幅が広がる。

『‥先輩』
「‥うん?」
『進路調査、K大志望って書きました』

そう言ったその声は凛としていて佐山らしかったけれど、そのあとのため息は切なく震えていた。
今どんな顔をして、どんな気持ちなんだろうか。
あんな小さな体一つで何を考えながら、進路希望の紙と向き合ったんだろう。
電話と電話の距離を憎んでしまう。
どうせそばにいても、俺は何もしてやれないのに。
そう、今更なんだ。
俺は先週確かに言ったんだ。顔を赤くしながら先輩が好きですと言った佐山に、無理だよ、とだけ。

また後ろの音が広がって、車の走る音も聞こえる。
校舎を出たんだろうか。
携帯を持つ手に力が入った。

(なんて言えばいい、"何言ってんだ、もっと上狙えるだろ"?)

つまらない台詞しか浮かばない自分がいやになる。
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。

『ごめんなさい、でも私』
「ストップ」
『え?』
「そこから動くな」
『え、どうして‥』
「いいから絶対動くなよ、絶対だからな、返事は!」
『は、はい!』

電話を切って、コートを羽織った。
行ってどうなる、なんて言うんだ、いや、考える前に動こう。
やってみなきゃわからない、そんな誰でもわかってること、どうして18年かけなきゃ気づけなかったんだ。

もし一年間の間に佐山が誰か良いやつと出会ったら、来年佐山が大学に入ってから良いやつと出会ったら、苦しむのは佐山なんじゃないか。
一年違いで生まれた俺を、佐山を、俺は恨んでしまうんじゃないのか。

下らない、なんて馬鹿らしい不安だろう。
馬鹿だ、俺は馬鹿だよ佐山。

ドアを開けて一番初めに吸い込んだ空気は、思っていたより冷たくはなかった。
誰よりも早く走って会いに行くから、息を切らした俺を笑ってくれよ。
俺が試合から戻ったときの、あの笑顔で、この不安をかきけして。






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