生存確認
 虎伏(呪術廻戦)
 2018/11/18 22:29

「え、恵飲んじゃったの?駄目だって言ったのに」
「ジンジャーエールと思っちゃったみたい」
「どんだけ生姜モノに弱いのよ」

伏黒の頭がゆらゆら揺れてる。
俺の部屋で開催した鍋パに、五条先生が持ち込んだ酒類。グラスに移して暫く経って泡が消えたビールを、伏黒が間違って口にしてしまった。ジンジャーエールにしては随分色が濃いと思うけど。まぁもう飲んでしまったのは仕方無い。
普段は生っ白い頬が、鍋の熱とビールの所為でほんのり赤みを帯びて、瞼が重そう。初めてだろうアルコールの摂取で体調悪くなったりを心配したけど、それはないみたいで良かった。ただ、受け答えに時間が掛かるのと、ちょっと眠そうに見える。お腹もある程度満たされて来てるだろうから、そこにアルコールでとどめ刺された感じかな。

「伏黒、眠い?寝る?」
「………んん」
「もっと食べる?食べられる?」
「………んん」
「なんて?」
「恵って飲むとこうなるんだ。かわいいねー」

ふらふらしてる頭を五条先生が撫でる。普段なら不機嫌な表情を隠しもせずにやめて下さいって言うだろうけど、今の伏黒は何の抵抗もしない。大人しく撫でられたまま、またビールのグラスに手を伸ばそうとするから、慌ててグラスを遠ざけた。
空を切った手に、俺が飲んでたコップを握らせる。コーラが入ったそれを見て、見るからにジンジャーエールではない色なのが気に入らないのか、唇を尖らせて不満気な顔をする。それでも一口飲む辺り、判断力も低下してるのかな。

「俺、伏黒寝かせて来る。2人は食べてていいよ」
「大丈夫?手伝おうか?」
「へーき。伏黒軽いから」
「それ伏黒がまともな時に言うんじゃないわよ」

コップを離させて、伏黒の背中と膝の下に手を回す。勢いを付けて持ち上げると、伏黒の手が俺の首に回った。思考が鈍くなってても、抱えられてるって状況と、落とされたら痛いって事は解ってるみたい。
釘崎の指摘は尤もだ。伏黒は男ながら華奢な体を気にしてる。京都校の東堂って先輩に軽々持ち上げられて、薄っぺらいって言われたとかって話だし。俺もつい、伏黒って細いよなとか言っては睨まれる。
でも実際軽いし華奢だし薄いし細いから、つい言ってしまう。気にしてるのは充分解ってるけど、でも、そこが好きなんだよなぁとか思ってしまう。まぁ、伏黒だったら、鍛えて体厚くなっても好きなままでいる自信あるけど。

ドアを開ける事だけは五条先生に協力して貰って、伏黒を隣の部屋に運んだ。俺の部屋と違って、今まで誰もいなかったここは空気が冷たい。伏黒を下ろしたベッドもひんやりしてて、ちょっとだけ震えたのがかわいそうと思った。

「伏黒、眠いでしょ。寝ていいよ。寝るまでいるから」
「…いたどり」
「頭ふわふわする?具合悪くはないよね?」
「ん…、へいき」
「ん。よかった」

喋り方が幼い。かわいい。
赤くなったほっぺに掌を当てて撫でると、伏黒がそこにすり寄って来る。
…平常じゃない伏黒に、そういう意味で触るの、よくないと思うんだけど。だめだなぁ、かわいい。こんなにかわいいんだから、キスしたくなっちゃうのは仕方無い事だ。

「伏黒」
「…いたどり…」

ベッドに乗り上げて、キスをする。伏黒もちゃんと雰囲気が解ってるみたいで、最初から深いキスを受け入れる態勢だった。
開いた唇を何度か合わせて、啄んで、表面を舌で撫でる。ちょっとぽん酢の味がする。さっきまで食べてた鍋の味だ。
口の中はそれがもっと濃かった。伏黒が喜ぶかなと思って、生姜を効かせたさっぱりめの出汁で作った鍋。おいしい、って言ってくれて凄く嬉しかった。伏黒が俺の作ったものを食べて笑ってくれるのが、あんなに嬉しいなんて思わなかった。
鍋の味がしなくなった頃、唇を離す。潤んだ目と目が合って、かなりぐらっときたけど、流石に酔った伏黒にこれ以上の事は出来ない。すべすべの頬を撫でて、気を紛らす。

「おやすみ、伏黒」
「ん…、」

大人しく目を閉じて、静かに眠り始めた伏黒。俺はお酒飲んだ事ないからよく解らないけど、お酒飲むと眠くなる、みたいな何となくの印象は間違いじゃなかった。人によるんだろうとは思うけど。
顔色がいい。あったかい鍋とお酒と、キスの所為か。普段より健康そうに見える。こんな風に穏やかに寝入る伏黒を見るのは、実は結構レアだ。一緒のベッドで寝る時は、大体伏黒に無理させちゃう時だから。

「…こういうの、いいなぁ」

俺の作ったものを伏黒が食べて、おいしいって言ってくれて、…エッチはしてもしなくても、伏黒が幸せそうに眠るのをこうやってゆっくり見てる。そういうの。
この先も何度も、こういう機会があったらいい。俺にどのくらいの時間が残されてるのか解らないけど。その残された時間を、少しでも多く伏黒と一緒に過ごせたら、どんなに幸せだろうか。

卒業したら一緒に住もうよ、伏黒。

そう、言えたらいいのに。
言えたとしても、きっと伏黒は受け入れてはくれないだろう。真面目で、情の深い伏黒だからこそ。

「……」

聞こえていないのを解っていても、それでも、口に出す事さえ出来ない。
ならば尚更この寝顔はレアだ。目に焼き付けておきたい。隣に残して来た鍋は、釘崎と五条先生が処理してくれるだろうから。俺はこのままここで、伏黒を見ていよう。









「悠仁、恵寝てる?」

伏黒の部屋のドアが静かに開いて、そこから五条先生と釘崎がひょっこり顔を出す。ベッドの横に座って至近距離で伏黒の寝顔を見てた俺を見付けて、五条先生はにっこり笑って釘崎はちょっと顔をしかめた。
五条先生の問いに首を縦に振って答える。音を立てない様にゆっくり立ち上がって、廊下へ。伏黒は微動だにしない。

「鍋、全部食べちゃったわよ」
「ああ、うん。ありがと」
「片付けどうする?やろうか?」
「いや、まだシメがあるんだ。俺それ食べてから片付けやるから、2人は帰って大丈夫」
「何から何まで悪いね、悠仁」
「いいよ。台所仕事嫌いじゃないんだ、俺」
「食器とか以外は私達が捨てて帰るわ。美味しかった、ごちそうさま」

釘崎の手に持たれたビニール袋に割り箸とかの燃えるゴミが、五条先生の手に持たれたビニール袋にジュースやお酒の缶が入ってる。鍋や食器以外のパーティーのゴミは、既に回収済みらしい。
恵お願いね、って言う五条先生から、一応明日辛そうだったらって二日酔いの薬を受け取って、2人を見送る。これから五条先生が、女子寮まで釘崎を送るんだろう。同じ高専の敷地内とはいえ深夜だ。女子をひとりで歩かせるのは危ない。喩え釘崎でも。
廊下の先を曲がった2人が見えなくなってから、伏黒の部屋に戻る。廊下の明かりだけの薄暗い部屋の中で、何かが動いたのが見えた。伏黒だ。

「あ、起こしちゃったか」
「……今何時…、って言うか、ここ…」
「伏黒、五条先生のビール飲んじゃったの覚えてる?」
「………。何となく」
「眠そうだったから運んだんだ。な、伏黒、まだ食べられそうならシメ食べない?」
「シメ?」
「うどん」

まだ若干ぼーっとしてるけど、寝る前よりは遥かにしっかり受け答えが出来る。途中で寝ちゃったからお腹いっぱいって程ではないだろう伏黒に、鍋といえばのお決まりを勧める。
伏黒の好みに合わせた出汁で食べるうどんは、きっと気に入って貰えるだろう。少し考える素振りを見せて、それでも頷いてくれた。
4人で食べるつもりでいたから、うどんは2玉用意していた。別に俺だけでも食べ切れたけど、伏黒が食べてくれるならその方がいい。

「じゃ、行こう」


部屋は綺麗に片付いてた。俺と伏黒が使ってた食器だけがとりあえずそのままにされてて、2人が使ってた食器は重ねてテーブルの隅に寄せられてる。
すっかり冷めてる鍋の出汁を、カセットコンロに火を点けてまた温める。クーラーボックスから取り出した冷凍うどんと、卵をひとつ落として混ぜる。麺が解れて卵が固まったらでき上がり。

「熱いから気を付けろよー」
「ああ、ありがとう」

立ち上る湯気がいいにおいだ。伏黒もそう思ってくれてるみたいで、寝起きのぼんやりした表情はもうない。ちょっと嬉しそうな楽しそうな顔で、渡した器を見てる。本当に生姜モノ好きなんだなぁ。
自分の分も器によそって、鍋を空にする。出汁も最後の一滴まで無駄にしない。折角卵溶いたんだし。
ふぅふぅと、箸で掬ったうどんに息を吹き掛け、少し冷ました麺を啜る。鍋に入ってた野菜と肉の味がしみてる。うまい。流石俺。
伏黒を見ると、一口飲み込んだ後みたいで、ほぅ、って息を吐いてた。満足げな息。よしよし、これはいいリアクション。

「…おいしい」
「そっか。よかった!」

好きな人が好きな味を作って、それを食べた好きな人においしいと言って貰える。なんて幸せなんだろう。
こんな幸せが、続けばいい。続く環境を作れたらいい。

「…俺が作ったもの、伏黒に、これからいっぱい食べて欲しいな」

「!」

困らせるだけだ。解ってる。それでも言葉にしてしまった。言いたかった事そのままではなく、婉曲的な言葉だけど。
伏黒の箸が止まる。俺の言葉に答えてくれる訳でもない。穏やかだった空気が一瞬で変わってしまった。…予想通りの反応だ。
沈黙するだろうと思ってた。肯定はされない、けど否定もされない。きっと受け入れたいって思ってくれてる。それでも伏黒は、そうだなと答える訳にはいかないんだ。
否定も誤魔化しも、ない。それで充分だった。

「ほら伏黒、早く食べないと冷めちゃうぞ」
「あ…、ああ、そうだな」

努めて明るく笑って再開を促すと、ゆっくりと食べ始める。
鍋の熱とアルコールで紅潮していた頬は、もうすっかり白くなっていた。




空になった土鍋と食器を持って、共用の流しで洗い物をする。俺一人でいいと言ったのに、伏黒はそこまでさせられないと付いて来て、手伝ってくれてる。
どちらも無言だ。水の流れる音と、陶器が擦れる音ばかりが響く。はっきり言って気まずいけど、それは俺の発言の所為だから、俺がこの空気から逃げるなんて出来る訳がない。
雑談で時間が潰れなければ作業はさっさと進む。4人分の食器と調理器具を洗い終るのは直ぐだった。それを食堂へ返して、部屋へ戻る。始終無言。気まずい。でも離れたくない。お互い一言も発しないまま、歩調を合わせて歩く。伏黒がいる右側が熱かった。
自室の前に辿り着いて、ドアノブに手を掛けて。せめておやすみくらいは言わないとと思って伏黒の方を見たら、伏黒と目が合った。

「ふし」
「次は、」

暫く振りに聞いた気がする伏黒の声は、少し掠れていた。俺の声だって似た様なものだったけど。

「……オマエ、唐揚げ作れるか」
「へ、唐揚げ?…作れるけど…」

唐突な話題に、頭がついて来ない。
唐揚げは作れる。肉料理は比較的得意だ。何せ自分のメシを自分で作ってた訳だから、食生活は肉料理に偏り気味になってしまっていた。
それがどうしたんだろう。とりあえず質問には答えたけど、真意が解らなくて首を傾げる。
伏黒は、少しつらそうな顔で俺を真っ直ぐ見てた。

「……次は、唐揚げが食べたい」

小さな声でそう言って、それより更に小さな声でおやすみと付け足して、伏黒はそのまま部屋のドアを閉めた。俺の反応は待たずに。
廊下にひとり取り残されて、伏黒の反芻する。意味を、考える。

次は、か。

これから、とは、言ってくれないけど。
次は、あるんだ。


「…ありがとう、伏黒」


次は唐揚げ。
その次は、何を作ろう。約束なんてされてない、次の次は。
ずっとずっと先にある、次の次の次の次は。


生姜を使った料理のレパートリーを、増やそう。
伏黒が、次はこれだって言ってくれたものを、作れる様に。
ずっと、いつまでも、次の話をして貰える様に。


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