テリィ!テリィが舞台に出てきた。
私は嬉しくて声を詰まらせながら泣いていた。
それを見ていたギルがそっとハンカチを渡してくれた。
テリィの深みのある低音の声、私の大好きな声が、劇場に広がる。
私は夢を見ているのだろうか。
もう二度と会えないと思っていたはずなのに、目の前にテリィがいる。
テリィが俳優である事にこんなに感謝した事は無かった。
テリィ。。
会いたかったのよ。。
今、私はここにいるわ。。
あなたのお芝居を観ているのよ!信じられないわ!
私が愛していたテリィ。。
「キャンディ、俺は芝居が好きだ。
悔しいことに
大好きなんだ。
芝居は魔術だと思っている。。
」
そう語っていたあなたの瞳はスコットランドの眩しい光を浴びてキラキラと輝いていた。
あの頃のあなたと同じだわ。。
!テリィ、素晴らしい演技だわ。。
私は感動のあまり声が出ない。。
テリィ!!
会いたい!
ブラヴォー!!テリュース!!
ハムレットの舞台が終わった途端ものすごい歓声が聞こえてきた。
「さすがだな、テリュース・グレアム。
天才って言われていたけど、本当だった。
俺も感激して涙が出そうだ!シェイクスピアは難しくて解らないと思っていたが、テリュースの芝居を観ればとても分かりやすくこんなにいいものだったと思わされるよ!」
ギルは感動していて、スタンディングオベーションしていた!
「もう1つ君をびっくりさせる事がある。
」
「何なの?」
「この後、市長主催のパーティがある。
ストラスフォード劇団を招いてのパーティだ。
もちろん主役のテリュースも来る。
俺は財界人として招待されていてね、行かなければならないんだ。
もちろん君も一緒だ。
」
「そんな!パーティなんて行かないわ!分かってしまうもの!」
「わかりゃしないよ! 行こうぜ。
もっと近くでテリィに会える!」
「。。。
」
「その代わり、君は僕の婚約者だ。
いいね!?」
「わかったわ。。
」
「君は嫌かもしれないが、そうでないと潜り込めやしないんだ、我慢してくれ。
」
「ええ。。
何だか気が進まないけど。。
大丈夫かしら?」
シカゴの一流ホテルである、ホテルエンパイアでパーティはあった。
招待客が続々と入っていく。
私もギルと腕を組んで入っていった。
何と中にはあのイライザがいる!ラガン夫人まで!ニールも居るではないか!最悪。。。
バレてしまったら最悪だわ。。
気をつけなきゃ。。
そうこうするうちにテリィが入ってくる気配がした。
扉が開いて、テリィは入ってきた。
パープルのシャツにピンク色のネクタイをして黒いスーツを着ていた。
背が高く、栗色のロングヘアをなびかせて颯爽としていた。
眩しいぐらいのオーラが私を圧倒した。
会場の拍手は凄まじく、特にご婦人方の悲鳴のような叫びはすごかった。
「ようこそ!ミスター、グレアム!我らのシカゴにようこそお越し下さいました!」
「いえ、お招き頂いて光栄です。
」
「続いて、スザナ・マーロウのご入場です!」
私はドキッとした。
心臓が飛び出るほどドキドキして止まってしまうのではないかと思えた。
テリィの横に車椅子のスザナがいる。
青いスパンコールのたくさんついたエレガントなドレスを着こなしていた。
スザナはすっかり元気になったようだった。
当時の少女らしさが抜けてさらに美しく若い頃のエレノア・ベーカーを彷彿とさせるような美女だった。
私は羨ましくもあり、なぜこんなみっともない姿の自分がこんなところに来てしまったのか鏡を見て後悔してしまっていた。
今更、スザナとテリィの姿を見せつけられても悲しいだけなのに。。
パーティはもういいわ。。
途中で抜けて帰ろう。。
そう思っていた。
スザナが挨拶をしていた。
「シカゴのみなさま!今日はテリュースの芝居を観て下さいましてありがとうございました。
私も客席から観まして本当に感動致しました。
テリュース!おめでとう!」
と言いながら、
にキスをしていた。
歓声が沸き起こり、
美男美女の二人を祝福しているかのようだった。
テリィとスザナは色んな人に囲まれて握手や写真を求められていた。
何十人もそうやって待っている人たちで一杯だった。
行列も数人になった頃、私はギルに引っ張っていかれた。
テリィのところへ!バレる!!
「テリュース・グレアムさん!僕はギルバート・キャンベルと言います。
牧場を経営しています。
今日初めてあなたの芝居を観て感動致しました!是非握手して頂けませんか?」
「あぁ、ありがとう。
嬉しいですね。
」
「彼女は僕の婚約者でローズマリー・アンダーソンと言います。
ローズマリー!さっこちらへ。
」
「初めまして、ローズマリーです。。
」
私は顔を上げずにテリィの足元ばかり見ていた。
「初めまして、ローズマリー。
お顔を上げてください。
」
「彼女は恥ずかしがり屋でして!以前からあなたの熱狂的なファンでして今日も僕が引っ張って来られたんです。
」
テリィは私を見ている。
ジーッと見ている。
何かに勘付いたようだった。
「ローズマリー、僕と握手して頂けませんか?記念に。
」
「あっあのぅ、いえ、恥ずかしくてそんないいんです。
私はこれで!」
私はたまらなくなって走ってその場を離れた。
居たたまれなくなった私はこっそりとパーティ会場を抜け出した。
ギルは財界の人たちと仕事の話をしている。
こんな所に来るんじゃなかった。
気分を冷まそうと外へ出た。
あぁ、気持ちがいい!パーティは苦手だ。
早く帰りたい。
コソコソとしないといけない自分がとても惨めで泣けてくるのだった。
テリィは遠い世界の人になってしまったように思えた。
テリィは光輝いていたし、スザナはテリィにふさわしい美女だった。
それに比べて私は。。
手は仕事で荒れてガサガサ。
変装しているおかげで変なカツラと瓶底のようなメガネをして恥ずかしい。。
テリィと握手するのもためらわれた。
もし私だって分かってしまったら大変だわ。
でもテリィは気付かないわね。。
きっと。
私の事なんて忘れているに違いないもの。。
そうよ。。
バルコニーで私は外の風に当たっていた。
そこへ後ろから誰か声を掛けてきた。
その声はテリィ。。。
!!
私は凍りついて振り向く事が出来なかった。
「あ…いえ、大丈夫です。。
ありがとうございます。
先ほどは失礼致しました。
パーティは苦手なので。。
」
下を向きながら答えた。
「僕もパーティは苦手なんです。
抜け出して来たんですよ!奇遇ですね。
」
テリィ。。
顔を向けられない。。
バレてしまう。
それともテリィは私だと気づいているのだろうか?
「あなたはどちらから来られたんですか?」
「私は、あっあの、ミシガン湖の近くなんです。。
」
「ミシガン湖。。
!僕の昔の恋人が住んでいた所がその近くにあるはずなんです。
懐しい響きだ。
」
テリィ。。
テリィ。。
涙が出そう。。
「そうなんですね。。
それは、それは。。
」
「あなたはシカゴで何をしているのですか?」
「私は看護婦なんです。。
」
言っていいのか悪いのか分からず言ってしまった。
「看護婦?!そりゃぁ奇遇だ!キャンディス・ホワイト嬢をご存知ですか?」
やはり気づいていない。。
「。。。
存じません。。
」
私はテリィの顔を見れずに横を向きながら話してた。
幸い帽子を被っていたので顔は見られなかった。
「僕の愛していた人も看護婦だったんです。
そばかすがいっぱいあって可愛らしくて、元気一杯の。。
でも事情があって去っていきました。
僕は本意ではなかったのですが、止むを得ず。。
すみません、見ず知らずの方にこんな話をしてしまって。
」
その方もきっと胸を痛めているのではないでしょうか。。
きっと心残りなんだと思いますわ。
」
「そうでしょうか。。
僕にはわかりません。
彼女はとても強い人だから、僕のように未練たらしくいつまでも思っている人ではないように思います。
僕もいい加減にあきらめないといけないのだが。。
」
「そんな事ありません!彼女だってきっとあなたの事を想い続けているに違いありませんわ!でもお会いできない事情があるのでしょう。。
きっと。。
」
「あなたはなぜそこまで強く言われるのです?」
しまった!!
「。。。
女だから分かるんです。
」
「あなたは僕の愛していた人に似ている気がして。。
さっきから気になっていたんですが。。
」
「。。。
他人の空似ですわ。。。
」
音楽が始まった。
アンソニーと踊ったあのワルツが鳴った。
「僕と一曲踊って頂けませんか?この曲は僕にとって大切な思い出の曲なんです。
今日はあなたと踊りたい。
」
「いえ、私はダンスができないので。。
ここで失礼します。。
」
逃げようとしたその時、私の腕をテリィは掴んだ。
「。。。
!」
「さっダンスが始まります、レディ。
行きましょう。
」
私は無理矢理引っ張っていかれた。
その性格はテリィそのものだった。
強引で絶対に曲げない、私の気持ちがどうであれぐいぐいと引っ張っていってしまう性質は昔からのテリィそのものだった。
どうしよう!どうしよう!誰か助けて!スザナに見られる!テリィ!離して!と言いそうになった。
メイフェスティバル以来だった。
テリィのダンス。。
軽やかな足さばきと優雅な身のこなし、優しいエスコート。。
身体が自然に動いてしまう。。
昔のテリィと変わらなかった。
変わらなさすぎて私は哀しみで堪えきれなくなった。
その時、鋭い視線を私は感じた。
スザナがこちらを見ている。
睨まれているような気がした。
スザナは車椅子を動かせてホールから出て行ってしまった。
「スザナ。。
!」そう声を出したのか出していないのか忘れてしまった。
私はとても分厚いメガネにおかっぱ頭というナンセンスな風貌をしていたので、かわいそうなファンの為にテリィは相手をさせられている、という風にしか周りからは見えなかった。
イライザの声が聞こえる。
「何よ、テリィったら!あんなさえない子と踊るなんて!私がここにいるっていうのに!お兄様〜、何とかしてぇ!」
「あんなおんぼろ役者なんてあきらめろよ!イライザ!つまらない男だ!あの一緒に踊ってる女を見てみろよ!変な女だぜ!趣味の悪い男だな!」
誰も注目すらしなかった。
私はやっぱりおっちょこちょいで誤ってテリィの足を踏んづけてしまった!
「ローズマリー!君はそういう所まで僕の彼女にそっくりだ!」そう言って笑っている。
「うふふっ!ごめんなさい!私ったら!」
「顔を上げて、レディ。。
」
気が緩んで思わず正面を向いてしまった。
その時テリィは思わず声をあげそうな顔になっていた!
「。。。
!」
しまった!見破られた!そばかすまで隠せなかった。。
私のバカ。。
テリィがじっと私を見ている。
私はすぐさまに視線を逸らした。
目を合わせられない。。
本当に気づかれたのだろうか?テリィは無言だった。。
急に何も言わなくなった。
私は時が止まってほしいと願った。
テリィの懐かしい香りが胸を焦がすよう。。
心臓がドキドキして、涙が出る。。
止まらない。。
涙を堪えると身体が震えてくる。
立っていられない。。
どうしよう。。
テリィを愛せたら!今でもこんなに愛しているなんて、信じられない。
あれから何年も経つのにまだ昨日出会ったばかりのような気がする。
でも現実は違う。。
テリィ。。
愛しているのに。。
私はあなたを失いたくなかったのに。。
テリィ。。
テリィ。。
私はあなたを。。
その時、テリィは震える私を抱きしめ、胸にもたれさせた。
テリィは全身で力一杯抱きしめてくれた。
私もテリィの背中に回した腕に力を込めて気持ちを伝えてしまった。
身体がジーンとしてしまって自分だけでは支えきれない。。
倒れそう。。
テリィ。。
テリィ。。
あなたの腕の中にいるなんて!そして何も言わずに指を絡めあいながら揺られている私とテリィ。。
こんな幸せな。。
夢なら、夢なら覚めないで。。
どうかこのままで。。
テリィと踊ったあのワルツが今、私たち二人を結びつけている。
テリィ。。
私とテリィの心臓の音はお互いに高まっているのがわかりすぎていた。
テリィは気づいている。
私がキャンディだという事を!
テリィは黙って私をもたれかけさせていた。
私たちは無言で愛を確認しあっていた。
何もテリィは語らない。
テリィ。。
!こんなにも、あなたを愛している自分がいるなんて気が付かなかった、。
テリィ。。
私の声が聞こえる?!
曲が終わろうとしていた。
その時だった。
「キャンディ。。
愛している。
」
そう言ってテリィは私を見ずに立ち去って行った。