【I know, You know】
ある日のこと。
昼食を摂りながら、午後の実験の打ち合わせをしていると、森永がすまなそうに切り出した。
「あの、先輩、今夜俺出かけるんで、冷蔵庫にあるもの適当にあっためて食べて下さい」
「おう、分かった。……どこ行くんだ?」
「友達がやってるバンドのライブがあるんです。チケットあんまり売れてないみたいで」
「ふーん。面白いのか、素人の演奏見て」
「そりゃ、プロとは違いますよ。コピーバンドだし。でも本人達は楽しそうですよ。……先輩も行ってみます?」
駄目元で森永は聞いてみた。宗一は音楽に詳しくない上に、騒々しい場所も苦手だと分かっているが、たまには二人で遊びに行ってみたかった。
考え込んでいる宗一を見ながら、やっぱり無理かな、と諦め顔になった時、意外にも肯定的な返事が返ってきた。
「……、ちょっとだけ、なら」
「ほ、ほんとに?」
真崎が名古屋に来てから、宗一は少しずつ、森永の中に踏み込むようになってきていた。「自分の知らない森永哲博」をもっと知りたい。
「どこでやるんだ?」
「栄の小さいライブハウスで、二番目って言ってたから19時半くらいに行けばいいと思います」
「ライブハウス?二番目?」
音楽に興味のない宗一には耳慣れない言葉だった。
「ライブハウスっていうのは、小さいステージがある店のことで、よくアマチュアのミュージシャンが何組か集まってライブやるんです。一組の持ち時間が大体20〜30分だから、転換10分として二番目なら19:30頃に行けばいいと思います」
「ふーん。なるほど」
「じゃあ、夜一緒に出かけましょうね!」
森永は素直に、宗一と出かけられることを喜んだ。二人でいつも一緒にいるけれど、非日常的な宗一を見る機会は稀だったからだ。
大学と家、それ以外の森永が見られるかも、と宗一も心が浮き立つ気分だった。
繁華街の雑居ビルの地下に、ライブハウスはあった。階段の壁にはベタベタとチラシが貼ってあり、お世辞にも綺麗とはいえない。
「前売りとドリンクで2000円でぇす」
その値段が高いのか安いのかすら分からないが、とりあえず渡されたドリンクチケットを受け取って宗一は重い防音扉を開けた。
その瞬間、音と光が店内から溢れ、急いで扉の中に滑り込む。
「先輩、ビールでいいですよね!?」
耳元で森永が叫んだ。
「ああ」
ドリンクチケットを渡して、宗一は頷く。
ステージでは女の子のバンドが演奏中だった。
……友達って、この子達か?
しばらくして、紙コップを2つ手にした森永がやってきた。
「はい、先輩。かんぱーい」
つまみもなしに、こんなとこで酒飲んで楽しいのだろうか、と宗一は思いながらも、コップを合わせた。
「これの次みたいです!そろそろ終わると思うんで」
あ、この子達じゃないのか。
別に女の子が友達でもいいじゃないか、と思いながらも、なんとなくほっとする。
女の子達は楽しそうに演奏を終え、「ありがとうー!」と言いながらステージから下がっていった。
すぐに楽器を入れ替えるため、忙しなく次のバンドメンバーが現れる。
「あ、あいつです。ギターの奴。ちょっと挨拶してきますねー」
森永はステージに近づき、準備をする男に話し掛ける。
二言三言軽く挨拶を交わすと、森永は宗一の方を見て指差した。
「先輩も連れて来た」と言っているようだ。
ギターの男が一瞬驚いたような顔をしたのち、微笑んで会釈してきたので、宗一も軽く頭を下げる。
「大学の友達か?あんなやついたかな……」
森永が戻ってきて、宗一の隣に立った。
「先輩来てくれて、喜んでましたよ」
「ああ、良かったな」
森永の株が上がっただろうことが、宗一には嬉しかった。
人気のバンドの曲をコピー(真似する、ってことか?)しているから、割とどこでも盛り上がるんだとか、ギターの奴は学部は違うが出身が九州だから一年の頃から友達だとか、そんなことを森永は話した。
やがて演奏が始まり、フロアの客がステージ前に集まって踊りだす。
宗一には演奏の良し悪しも分からないが、一緒になって歌ったり、リズムに合わせて体を揺らしたり、楽しげな森永を見て、宗一は密かに満足した。
出番が終わると、また次のバンドが出てくる。
しかし、森永は宗一の手を引いて、退出を促した。
「え?もう帰るのか?」
「目的は達しましたから。先輩、この後三つも聞くの大変でしょ?」
森永は気を遣ってのことだったが、またもや意外な返事が返ってきた。
「チケット代払ってるし、もう少し見ていく」
「そ、そうですか」
その後、結局全部のバンドを見た宗一は、明らかに疲れ切っていた。
「先輩大丈夫ですか?だから言ったのに」
「大丈夫だ……耳がガンガンするだけで。……一生懸命やってるのに、見てやらなきゃいかんだろう」
「せんぱい……」
宗一の腕を支えながら、森永は今すぐ抱きしめたくなった。
こういうところも、好きなのだ。
何度でも、巽宗一を好きになる。宗一自身は特に意識していない言動でも、それはまさしく彼自身に違いなく、そこに触れてはその度に恋をする。
積み重なっていく、溶けない雪のように。
ライブハウスの外で屯する人々の中に、森永の友人がいた。
「森永!来てくれてありがとうな。どうだった?」
「楽しかったよ!みんなうまいし。あ、先輩、こいつが友達の原田です。原田、こちらは巽先輩」
「はじめまして。わざわざありがとうございました」
原田がフレンドリーに握手を求めてきたので、宗一も手を出した。
「楽しそうだったのが良かったぞ」
感想ともいえない感想を口にすると、原田が苦笑いを浮かべる。
「ははっ。ありがとうございます。良かったらまた見に来てください」
「なあ森永、打ち上げ行かないか?たまには飲みに行こうぜ」
「あ〜、明日早いから帰るよ。悪いな」
「そうか。じゃあまた」
ぺこりとお辞儀をして、原田は他のメンバーや友人達と近くの居酒屋に入って行った。
「いいのか?俺は帰るが、お前は参加してきていいぞ」
「いいんです。帰りましょう、先輩」
駅の方へ歩き出す森永を追う。なんだか急に機嫌が悪くなったように感じる。
「もりなが?どうした……」
急に振り向いた森永が、宗一の手を取った。
「ば、ばか!こんな街なかで何すんだっ離せっ」
手を振り解こうとしたが、森永の手はがっちりと宗一を掴んで離さない。
「原田と握手したから、お仕置き」
「はっ?」
「俺も先輩の手握りたい」
「な、何言ってんだお前」
「先輩は、俺のです!」
そう鋭く呟いた森永は、ずんずん歩を進める。
さっき感じたばかりの新たな恋情が走り出して止まらないのだ。
「……、ばかやろうっ、誰かに見られたら」
「見られたっていい!」
「森永、待てってば」
宗一は森永の激情に戸惑って、立ち止まる。
いろいろな森永を知りたいけれど、焦ったような怒ったような彼に対しては、対処の方法がなかなか見つからないのが現状だった。
それをもどかしく思いながらも、宗一はいつものように声を荒げるしかない。
「握手くらいで何言ってんだよっ。そんなことしてたら誰ともつきあえねえだろ!」
「分かってますよ!馬鹿なこと言ってるって!でも嫌なんだ、俺以外が先輩に触るの……」
「あそこで握手しなかったらお前の友達付き合いに影響するだろうが!ちっ、なんでこんなこといちいち言わなきゃいけねえんだよっ、あほか!」
「……!」
森永の目が、驚いたように見開かれて、顔がみるみる赤くなった。
「ご、ごめんね。俺のこと考えてくれたのに。やきもち妬いて……」
「分かったんならさっさと離せ」
「えー。せっかく手繋いだのに……もったいな」
「離さないなら握り潰してやる」
ぎぎぎぎ、と音がするほど、宗一の手が森永の手を握り締めた。
「いててて!ごめんなさいごめんなさい!」
さすがの森永も、手を離さざるを得ない。
ぷりぷり怒りながら、宗一は森永を置いて歩き出した。
「先輩!待って」
「知らん!ついてくんな!」
「同じ家に帰るのに〜」
情けない声を出して追いかけてくる森永を背中で感じながら、宗一は家に帰る頃には許しているだろうことを予感していた。
どんな森永でも、きっと許してしまう。
森永が、どんな宗一でも好きになるように。
宗一が知っている森永も、これから知る森永も、これから変わっていく森永も……
全部、俺のものだ。
一瞬過ぎった思いを、そっと見送って、宗一は家路を急ぐ。
早く帰ろう。
俺達の家へ。
end.
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す み ま せ ん 。
(痴話)喧嘩させるつもりじゃなかったんですけど。
通りすがりの人が聞いてたら、バカップル……と呟いてそうですね。
早くお家帰っていちゃいちゃすればいいじゃない。
〔反省点〕
(1)なんか読みにくい……(それは文章が下手だから)
(2)森永くんがライブに行く、と言い出したので、当初書きたかったことから離れてしまい、序盤を削りました。
本来書きたかったエピはまた後日改めて。
最近はライブにもとんと行かなくなってしまって、懐かしく思い出しながら書きました。
最多で年に70本見たという記録が残っております。
一番好きで追いかけていたインディーズバンドが活動休止になってから、遠のいてしまった・・・。今好きな人達は頻繁にライブやらないので、追いかけやすいといえばそうかもしれません。
森永くんはどんな音楽が好きなのかなあ。
ドラえもんが精一杯な兄さんは論外だけど(苦笑)、森永くんが好きな音楽が気になります。
兄さんの台詞に思わず笑っちゃいました。
とても兄さんらしくて、とても愛しい性格( '艸`*)
そんな兄さんが好きです♪
森永君もきっとそうなんでしょうね。
恋している兄さんが淡いピンクの空気を纏っていて、すごく可愛かったです。
ありがとうございました♪
こんばんは!興味ない音楽って割と苦痛なはずですが、兄さんは一本気なところがあるのでこう言いそうだなあと思って……兄さんらしいでしょうか、良かった!
淡いピンクは本人無自覚で振りまいてしまうかもですね。
コメントありがとうございました〜♪