大正パラレル、第9話でございます。
途中まで書いてなかなか進まなかったものの、先週間取りを考えたり前のを読み返したりして少し構想が立ち直りました。
※原作とは一切関係のない妄想文です。
※大正時代を舞台としたパラレル設定となっております。そのため、一部家族構成や生い立ちなどを捏造しております。ご了承くださいませ。
【初戀〜焦心篇・壱】
秋も深まり、襟巻きがそろそろ必要かと思うような冷たい風が吹き始めた頃、俺は研究課題に取り組むべく学校に残ることが多くなった。
森永家に帰ると、食事は離れに用意してあって、母君に挨拶だけして離れに籠もる日々が続いた。哲博も演習で家を空けがちになり、当然接触は減っていった。本を読みにあいつの部屋へ行くこともなくなり、あいつが離れに顔を出す機会も少なくなった。
顔を合わせないということは、触れ合わないということだ。
手を繋いだり、抱き締めたり、接吻けをしたり。あいつが俺を好きだと言ったりするのを聞くことも、たまにしかない。その分、顔を出すと必ず手を出して来やがるが、こっちも手を出して黙らせていた。
「いや、いいんだ。これが、普通だ」
俺は、独りごちて頭を振る。本来なら女とするであろうことをすっかり男の哲博としてしまっていた。それに気付いて呆然として、けれど求めてくる哲博のことを無下にもできない不思議な気持ちがあった。
『宗一さん、もっと一緒にいたいです』
『宗一さんが好き』
『何もしないから。ここにいていい?』
殴られた頭をさすりながら、眉毛を情けなく下げてちんまりと座る哲博を、俺は思い出していた。
「やあ、巽くん」
「……磯貝か。なんの用だ」
図書室で資料を広げていると、磯貝がにやにやしながら近づいて来た。いつもながら胡散臭い奴だ。
そのにやにや顔が、ふと真顔になった。
「どうしたの、ぼんやりして。元気ないね」
「別に。ぼんやりしてなんかいない」
「さっきからちっとも読み進んでないみたいだけど?」
そこで俺はやっと本に目を落とした。いつからこの頁を開いていたか、覚えていない。
ため息をつきながら本を閉じ、磯貝がじっとこちらを見たままなのに気付く。
「……何、見てんだよ」
「だって君らしくないから。気になったんだよ」
「ちょっと疲れてるだけだろ。ほっといてくれ」
「ふうん?」
どこか詮索するような顔つきで、磯貝は俺の隣に腰掛けた。何故か緊張して身体が強ばる。
「あの次男坊と喧嘩でもしたの?」
「なんでそうなるんだ。喧嘩もなにも、最近まともに顔も合わせてねえよ」
「士官学校生も忙しいんだねえ。疲れてるなら、たまには息抜きでもしに行かないかい?」
薄い笑みを浮かべて肩に手を置いて、いかにも親切そうに磯貝が誘う。
上京してからほとんど勉強ばかりで、都会の賑やかな場所に行ったことなど数度しかない。たまに哲博に連れ出されたり、あとは上流階級のぱーてぃーとやらに出席させられて、庭で……
「巽くん?どうした、顔赤いけど。熱あるんじゃない?」
「ね、熱なんか、ないっ……」
額に伸ばされた磯貝の手を払って、俺は立ちあがった。うっかり思い出してしまった。余計なこと言いやがって、磯貝のやつ……
「まあ、たまには勉強のこと忘れてゆっくり休むってのもいいかもな。じゃあ、俺はひとり寂しくカフェーで女給さんとお話でもしてくるか…」
磯貝と別れて、いつも通る道筋を辿って森永家に帰る。街灯がぽつぽつと灯りはじめ、夕餉の匂いが辺りに漂う頃合いだ。
門を開けると、自然と母屋の二階が目に入る。窓は暗いままだ。哲博が家を空ける前、10日ほど帰れないと言っていたから、あと、三日くらいか?
……別に、待ってなんかいないが。母君が寂しそうにしてらっしゃるから、気になるだけだ。ここ二ヶ月ほど、あいつが家にいた日数はひどく少ない。
「ただいま戻りました」
「宗一さん、お帰りなさい。今日は早かったのね」
居間へ行くと、母君が縫い物をしていた手を休めてにっこり笑ってくれた。声を荒げたりすることのない、穏やかな人だ。
「はい、試験が終わったばかりなので」
「そう、きっと良い成績なのでしょうね。またお祝いさせてちょうだいな」
「そんな、もったいない」
「あら宗一さんはもう一人の息子みたいなものですもの。哲博だって来年は陸軍に入ってしまうし……寂しいの」
また微笑まれて、俺はもう反論できなかった。
母親に甘えることなどしたことがない俺には、この人とのやりとりはなんだか面映ゆい。
「今夜もお食事は離れで召し上がる?」
「いえ……こちらでご一緒します」
「まあ、嬉しいわ」
哲博がいればもっと母君も嬉しかろうと思うと、少しやりきれなさが残るが、もう二度と帰ってこないわけじゃないしな。
二度と会えない、俺の母のように……
ぞくり、と一瞬背が粟立った。もしも戦争などが起こったら、陸軍の哲博は戦地に赴くのだろうか。銃剣を持って戦う、あいつが?
「……宗一さん?どうなさったの、怖いお顔して……」
「なんでもありません」
俺は、やはり疲れているのかもしれない。あいつのことばかり考えてしまう。
夕飯を母君と二人で摂ったあと、のんびりと音楽などを聞かせられて過ごした。風呂も済ませ、今日はさっさと寝てしまおうと離れに向かう。
その途中にある階段、その先にあいつの部屋がある。ここ最近昇っていない階段。
いつも俺の先に立って、あいつが階段を昇っていく。俺より少し広い背、肩幅の男が振り返って、「宗一さん、今日は何読みます?」と笑顔を見せる。
そうだ、本だ。寝る前に本を少し読もう。
記憶の中の哲博に誘われて、なるべく足音を立てぬように、俺は階段の踏み板に足をかけた。
そっとドアノブを回し、哲博の部屋に入る。誰もいないこの部屋に入るのは初めてだった。
机のランプの紐を引き、明かりを灯した。いつも俺の部屋から見える明かりの色。薄暗かった部屋が少し明るくなる。
綺麗に整えられた寝台、机。母君は哲博がいなくとも窓を開けて掃除をしているから埃っぽさとは無縁だ。
壁一面の本棚の本は読了したものが結構増え、読み尽くす前に新しい本を買いに行きましょうと哲博に言われていた。それがいつになるかは、まだ決まっていない。もしかしたら、このままあいつが陸軍に入ってうやむやになるかもしれない。
曖昧な約束はさっさと忘れてしまえばいいものを、時折意識に浮かんでくるのだ。誰も片付けないまま、忘れ去られた伝言の書きつけみたいに所在なげなその約束を、あいつの方は忘れてしまったのだろうか。
「どうでもいい、そんなこと」
頭を振って俺は本棚から一冊抜き取り、紙に書名と日付と「巽 借用中」と書いて哲博の机にそれを置いた。
自分の部屋に戻り、机に向かう。拝借した本を開き、数頁読み進める。新しい知識と旧い知識が重なって上書きされたり増えたりすることが堪らなく愉しい。そんな話も、あいつとしたっけな……。
窓から、あいつの部屋の窓が見える。
……ランプは、消し忘れたことにした。
焦心篇・壱、終。
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焦心=はやる思いに心を苛立たせること。
こんな熟語あったかなーと辞書引いたらあったのでタイトルこれにしました。
宗一さんぐるぐるしてますね。可愛く書けたかなー。
哲博が「俺のことでいっぱいにして」って言った通りになっております。
(前書いたやつ読み返して「あーそういえばこんなこと言わせたっけな」と思い出す駄目な作者)
次回は同時期の哲博視点です。
焦心・弐です。書き始めてますがいつになるかは……がんばります。
いつの間にか宗一さんの中で哲博くんの存在が大きくなってきてますねv
母屋を見つめる宗一さん。
前記事の部屋配置図がここで効いてきていいですっ!
明かりをわざと消さないで部屋を出る宗一さんがかわいいですv
哲博くん視点の回があるとのこと♪
楽しみにしています。
ありがとうございました。