【famiries photograph -1-】
「お父さーん、兄さん、出来たよー。どう?」
「おお…!かなちゃん、綺麗だよ…!」
「わー、母さんにますます似てきたね」
「似合うよ、かなこちゃん」
着付けを終えて現れた振袖姿のかなこが、きょろきょろと辺りを見回した。松田家に集まった皆が口々にかなこを誉めそやす。
今日はかなこの成人式だ。父の宗仁、アメリカから帰国中の巴と黒川、松田のおば、それから森永もいるのに、宗一だけが居間にいなかった。
「…あれっ宗一兄さんは?」
「あー、ごめんね…昨日から研究室にこもりきりに…」
森永が恐縮しながらかなこに謝る。
「ええー!?前から予定してあるのにどうしてよー。森永さん連れてきてくれなかったの?」
「う、うん…。何度も言ったんだけどね…。カナダの研究所から新しい研究結果のレポートが来て、自分の研究と突き合わせて検討してる内に盛り上がってきちゃったみたいで…」
「相変わらずだなあ、宗くんは」
「研究のことになると没頭しちゃうの、お父さんそっくりだよね、ほんとに」
巴が苦笑いしながら、宗仁を見て言った。
「でも時間には来るよ、きっと」
「もう、せっかく振袖着たのに」
20歳になったというのに、そう言って頬を膨らませて拗ねる様はまだまだ子供っぽい。
「ほんとごめんね。先輩にはメールしとくから」
「もし時間に来なかったらしばらく兄さんと口きかないからって言っといて!」
かなこは成人式に向かい、松田家では男性陣がそれぞれスーツに着替えていた。
「父さん、母さんの写真ってこれ?」
「ああ、これで良かったかな」
巴が、母の写真を見てふっと笑う。宗仁があらかじめ選んだ写真を引き延ばし、綺麗な額に入れておいたものだ。
「かなこの七五三の時のだっけ」
「これが最後の家族写真だったね」
宗仁と巴が写真を見ながら話していると、その横でぐすぐすと鼻をすする声がした。
「……黒川さんなんで泣いてるの」
「うっ、だって、なんかぐっときちゃって……」
「黒川くんは優しいなあ」
「ううっ、すみませんお義父さん」
そんなやりとりを見ながら、森永は宗一からメールが来ないか何度も携帯を確認していた。先程かなこの振り袖姿の写真を添付してメールを送っておいたのに、梨の礫だった。
「森永さん、兄さんと連絡取れた?」
巴が森永に尋ねる。ため息交じりで森永は首を振った。
「いや、駄目。迎えに行って来ようかなあ」
「相変わらず勝手なんだから。ごめんね、森永さん」
「いいよ、慣れてるし。それに多分ちょっと照れてるんだと思うんだよね」
「ああ、そうかも」
森永と巴が笑い合っていると、涙を拭いた黒川が恐る恐る「そ、宗一くんがなんだって?」と訊いてきた。
「まだ兄さんが怖いの、黒川さん……」
「黒川さんのトラウマはかなり深いんですね……」
結局、森永は宗一を迎えに行くことにし、大学へ向かった。途中で電話をするが、宗一は電話に出ない。久しぶりに懐かしい研究室に入ると、白衣姿の宗一がレポートと顕微鏡を交互に覗いている。
森永がいた時と何も変わらないその光景にしばし見とれていると、宗一が顔を上げた。
「どうした、森永。……あっやべ、もうこんな時間か」
「先輩、メール送ったのに気付いてなかったんですか?」
「メール?ああ、携帯……どこ行ったっけ」
「かなこちゃん怒ってましたよ。俺まで怒られました」
「悪かったって……。あーでももう一工程あるんだよな。あと片付け……」
「だめですよもうあんまり時間ないですよ」
「んー。お前手伝え。あと一時間くらい大丈夫だろ」
「えっ俺部外者なのに?大丈夫かな。ってか先輩シャワーくらい浴びてこないと」
「じゃあお前やっとけよ!」
「ええっそんな無茶な!」
「これとこれを……」
慌てる森永に構わず、薬品と白衣を押し付け、宗一は一度アパートに戻って行った。
「このノリも研究室も懐かしいけど、一人じゃなあ……。先輩のバカ」
仕方なく、宗一が着ていた白衣に袖を通して、大人しく実験の続きを始めた。
宗一はアパートに戻ると、シャワーを浴びて用意されていたスーツに着替えた。
今日は、かなこの成人式の記念に、みんなで写真を撮ろうということになっていた。
家が燃えてしまって、残った思い出の写真もわずかだったが、節目として家族写真が欲しいと言ったのはかなこだった。
「私も大人になるんだし、新たな巽家の門出だよ。兄さん、森永さんと一緒に来てね!絶対だよ!巴兄さんも黒川さんと来るんだからね」
かなこが中学生の時から数えて、もう6年も経つのかと、その時改めて思った。
森永は一緒に行っていいのかと気にしていたが、かなこが是非にと言っていると伝えると、嬉しそうに笑った。
森永とずっと一緒にいると決めてから、6年。長いような、あっと言う間だったような。
「俺も30超えたしな…」
鏡を見ながらネクタイを締めて、少しだけ感慨に耽る。かなこは県外の高校から大学に進み、大学の寮で暮らしている。巴はアメリカで研究を続けているし、宗仁も変わらず世界中を飛び回っている。森永は本社勤務の後、なんとか名古屋支社勤務をもぎ取って、今は同じ部屋で暮らしている。
みんな、それぞれの場所で人生を生きていることを確認しながら、それでも家族でいることは変わらない。
さすがに研究室の鍵までは森永に預けるわけにいかず、一度大学に戻った宗一は、連れ立って森永と写真館に向かった。
かなこが七五三の時に、巴と両親と五人で写真を撮った同じ店だ。
「あっ!兄さん来た!遅いよ、もう!」
「悪かったって。よう、巴。元気だったか」
「兄さん相変わらずだね。森永さん、お疲れ様」
「そそそそういちくんひさしぶり……」
「黒川、何びくびくしてんだ」
「にーさん!森永さん、ほら、急いで!私もう撮っちゃったんだから」
かなこは既に一人での撮影を終えてしまったらしく、あとは集合写真だけだった。
かなこと宗仁、巴が椅子に座り、後ろに黒川、宗一、森永が立つ。
「先輩、ネクタイ曲がってますよ」
「あ?そうか?」
「直しますから」
森永が宗一のネクタイを直すのを、緊張した面持ちの黒川が眺める。未だに、宗一と森永がそうなったのが信じられないらしい。
カメラマンがそれぞれの配置を微調整して、いよいよ撮影となった。
カメラを見たまま、森永が宗一の手をそっと握る。前に置かれた椅子の背に隠れて写真には写らないだろうが、びくりと宗一の肩が強ばる。
「あ、後ろの真ん中の方、動かないでくださいね。表情、柔らかく。はい、いきますよ」
何カットか撮影し、カメラマンがOKを出すと撮影は終了した。その間、宗一は森永に手を握られたままだった。
(先輩、俺も一緒でいいんですか?ほんとに?)
家族写真を一緒に撮りに行くと森永に告げた時の、嬉しそうな顔を宗一は思い出して、その手を振り払うことができなかった。
「兄さん、どう?似合う?」
写真館を出てやっと落ち着いてかなこの晴れ着姿を見た宗一は、まじまじと全身を見て「ああ、似合うよ」と言った。
「ほんとー?社交辞令じゃないよね?」
「ほんとだって」
「宗一兄さんに一番に見て欲しかったのにさ、来ないし。怒ってるんだからね!」
「あー悪かった悪かった」
「心がこもってなーい!」
兄妹のやりとりに、巴が横から助け船を出す。
「まあまあ、撮影には間に合ったんだし、許してやりなよかなこ」
「だって…。ここまで来れたのは兄さんがいてくれたからだもん。お礼だって、言いたかったのに…」
「かなこ…」
「今までありがと、宗一兄さん。これからも妹としてよろしくお願いします」
短い言葉にありったけの感謝を込めて、かなこは頭を下げた。
「……おう。成人式おめでとう、かなこ」
宗一の口元に満足そうな笑みが浮かぶ。対して宗仁の目には、涙が浮かんでいた。
「うんうん、うちの子はみんないい子達だなあ」
「本来ならこれは親父の役目だと思うけどな!」
「お父さんにももちろん感謝してるよ!」
宗仁の腕に手を回して、かなこは笑いかける。
「でも、大学卒業するまで、もうちょっとお世話になりまーす」
「かなちゃーん!いいんだよ、お嫁に行くまでだって!」
感極まった宗仁がかなこをぎゅっと抱き締める。
「お嫁さんじゃなくてお婿さんをもらうんだよ、かなこは!」
「へ?」
「巽家はかなこが継ぐんだから」
「えーっ!そんなこと考えなくていいよ、かなちゃん」
「もう決めてるんだ。昔から。そのつもりで彼氏にも話してるしねー」
「え、え、かなちゃんに彼氏……!!!」
次々と投下されるかなこの爆弾発言に宗仁がきりきり舞いしていると、宗一が宗仁の肩に手を置いた。
「諦めろ、親父。かなこが一番頑固なこと、親父は知ってるだろ?」
「だって、宗くん!」
「あはは、いつかと逆だね」
巴と黒川の結婚を報告した時のことを思い出してかなこは笑った。
「いいなあ……」
ぽつりと呟いた森永の声に、宗一が「どうした?」と尋ねる。柔らかく微笑みながら、森永は宗一を見た。
「巽家は、いつまでも仲が良くていいなあって」
「……お前も、家族だろうが……」
そう言って視線を逸らす宗一の頬は少し赤く染まっている。愛しさが涙になって溢れてしまいそうで、森永は空を仰いだ。
「……うん。そうですね。ありがとうございます。今日の写真、宝物にしますね」
変わっていく家族の形を収めた写真は、それぞれの家に飾られるだろう。
新しい写真が増えても、その絆は変わらない。むしろ新しい繋がりによって強くなるようだと、宗一は隣の新しい家族を見上げて思った。
end.
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終わらせ方が分かんなくて四苦八苦!キャラ多いお話って難しいです。森永くんしゃべってねー!って焦った……。
ほんとはもっと早く上げるつもりだったのに。すみません。
しかし会話が多いな(^^;)
ここまででも単品として読めますが、もう一つ書きたいシチュがありまして。
家族写真のその2があります。
良かったらそちらもどうぞ〜。
ナチュラルに森永くんが巽家に混じってます。きっとそのうちこうなるだろうね。
宗仁さんに、森永くんが「宗一さんを俺にください!」ってやったのかとか、まだ妄想は広がるけどキリがないのでまたの機会に。
いらっしゃいませ♪
ホームドラマといえば、やっぱりチャレメンバーははずせないですよね〜。黒川さんは意外と書きやすかったです(笑)そういや磯貝さんは出て来ませんでしたが…。
私の中では兄さんと森永くんの関係で一番しっくり来るのが「家族」なんですよ。
そんな妄想まみれの後日談でした…。
コメントありがとうございました!