【斑とレイコ】
「君の名だ。名を返そう、…受けてくれ」
そうやって名を返す夏目を見る度、思い出すことがある。
『斑』
私の真名を呼んではいつも笑みを浮かべていた、人の子。夏目レイコ。
あの顔が見れなくなってからもうどれくらいの時が流れたのか。
「先生、どうかしたのか?」
「…、いや」
覗き込んできた夏目の顔がふいにレイコと重なった。
フラッシュバックするのは、そうだ、…いつものあの声。
抜けるように蒼い空を臨める日だった。さわさわと木々が揺れ、陽射しのあたたかさが心地良い。私は気に入りの場所で昼寝に興じていた。
『斑』
『また来たのか。何度来たって勝負せぬぞ』
木漏れ日からひょっこり顔を出した見目の好い娘に、半眼で呻く。
その娘、夏目レイコは傍まで来ると横になる私と視線を合わすようにしゃがみ込んだ。
『勝負はもういいわ。今日はお願いしに来たの』
『お願い…?』
『私がいなくなった時のこと』
『は?』
突拍子もなくて思わず怪訝にレイコを見据えると、相も変わらず何が可笑しいのか笑みを作っている。
だが分かる。
彼女は普段からくすくすとよく笑ったが、それとはどこか様子が違う。
まるで、切れ長の目許の奥に潜む影を隠すような…
『もし、私がいなくなったら友人帳は斑が持っていて』
レイコは事もなげに言い放つ。
重い言葉の意味を、勝負しろといつもそう言うように、さらりと。
『妖達の大切な名前だもの。いつか返すつもりだけれど…、もしもの時は、ね』
『阿呆、私だって妖だぞ。そんな面白いものただ持っているだけな筈がなかろう。使うに決まっている』
『ふふ』
『む、何がおかしい』
『斑はそんなことしないわ』
『私を買い被り過ぎない方が身のタメだぞ、レイコ』
『じゃあいいわよ、友人帳は斑の好きにして』
ふふ、と気取った笑い方に見透かされているようで罰が悪い。
破天荒なレイコだが何故突然そんなことを言い出すのか、まるで検討が付かない。
友人帳…、
それは独りのお前に在る唯一の繋がりだろう。自ら作った妖達との。
それを何故、妖の私に?
『けど私の変わりに名を返してくれる人がいたら、きっとその子は私の血縁だから』
『レイコ?』
『その時は−……』
「先生ー、帰るぞー」
その声に呆けていた意識がふっと戻る。夏目は付いてくる気配のない私を待って、歩みを止めていた。
「…あぁ」
程なくしてレイコは姿を消した。結局真意を知ることもなく。
思えば、あれがレイコとの最期の時だった。
「先生ー?」
…、なぁレイコ。
今なら少し分かるような気がするよ。
お前があの時、私に友人帳を託そうとしたのは、きっと…
「夏目、饅頭買ってくれっ!」
「またか?昨日買ってやっただろ」
「何を言う!今回だって名を返せたのは、私がお前を守ってやったからだろうが!」
「うーん、まぁそうだけど…」
「恩も返せないのか人の子は!恩知らず!人で無し!薄情!マッチ棒!!」
「あぁもう分かったよ!ならちゃんと仕事してくれよ先生!!」
きっと、それは友人として。
名を縛るのではなく、信頼で私と繋がりを持っていると思ったのだろう?
だから命令ではなく、願いを。
ただの脆弱な人の子がこの私に大それたことだが、
人も妖も嫌いでずっとひとりだったお前の最初で最後の願いくらい、聞き届けてやってもいい。
「あぁ、守ってやるとも」
私の友人の頼み、なのだからな。
『その時は、どうか守ってあげて。私の大切な繋がりを…、お願いね、斑…』
斑とレイコ
夏目が右側じゃないお話でした。や、タキや的場さんも書きたかったんですが、的場さん相手だとあまりにも痛い感じになりそうだったので…いろんな意味で。
斑は何気なくレイコさんが気になってるといい!恋以前の気になるアイツ的な存在で!(ぇ)
夏目の物語が始まる上での重要部分なので書きたかったんだレイコさん話!
さって!4つのカプやりましたがいろいろ書けて楽しかったー!!夏目があんまりにもかわいすぎたために妄想爆発した結果でした…。名を返すシーンは一撃必殺ですね…あの伏せ目がちなとこやら睫毛がなんがーいとことか!
ずっとひとりで生きて行きたいと願っていた夏目が、人に出会って少しずつ成長する姿が泣けます…。どうか幸せになってくれ!
またやらかすかもしれませんが、その際はぬるい目で見てやって下さい^^