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君の近くで奏でる音楽 (浜泉)

梅雨になって晴れたり雨が降ったりと天気は落ち着かず、追い打ちをかけるようにジメジメした空気が肌にまとわりついた。

夏の予選を目の前にして、思うようにグラウンドでの練習が継続できないことも手伝って、泉のご機嫌は斜めMAXだった。


「拗ねたって仕方ないでしょ」

自分で言っておきながらなんとも母親じみたセリフだと思った。そんな言葉の行き先は、俺の部屋のベッドに寝転んでふて寝をしている恋人だ。
しかし、その返事はなくアイロンをかけていた手を止めてそっちを見やれば、枕に顔を埋めて聞こえないフリをしている泉の姿が目に入った。
思わず苦笑が漏れる。


「明日は晴れるって言ってたよ」
「…おー」

今度は返事があった。
相変わらずご機嫌斜め…違うか。

これは泉の眠いの合図だ。
低くけだるげな声色。
眠いから邪魔すんな。


「風邪引くよ」

欝陶しがられるのはわかったけれど、半袖ハーパンのままではまだ寒い。今日みたいに朝から雨の日は蒸したりしないし。

ベッドの足の方に丸められたタオルケットをかけてやる。

「ねみぃ…」
「うん」

「雨の音と…アイロンの音…」

「うん、おやすみ」

クシャリと前髪を撫でてやると、泉はスッと意識を手放した。

俺はなるべく足音を立てないようにアイロンの位置に戻り、再びアイロンかけを始める。


規則正しく、時々水分が蒸発するアイロンをかける音と泉が眠るベッドの後ろの窓から聞こえる雨の音。

ああ、確かにこれは心地いいかも。


俺も思わず漏れたあくびを噛み殺して、これが終わったら泉の隣に潜り込むことを思った。



君の近くで奏でる音楽
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停電の夜には(浜泉)

パチパチ、と蛍光灯が何度か点滅した。

「お?」

どちらともなく呟いて、天井を見上げた瞬間。

バツンッ。

「うわっ?」
「げっ」


視界は一瞬にして暗転した。

「なに?なに?なんで?」
「ブレーカー落ちたんじゃねーの?」

慌てる俺の言葉とは裏腹に泉の落ち着いた声が闇の中から聞こえた。

「いや、そんなに電気使ってないし…」

ちょっと待ってて。と言って立ち上がる。もう住み慣れた部屋だ。どこに何があるかくらいは感覚で大体わかる。

シャッと音を立ててカーテンを開けると、ネオンが広がるはずの町が闇に沈んでいた。
動いてる光は車だな。

「停電みたいだよ、全部真っ暗だし」
「マジで?」
「あ、動かないで。懐中電灯持ってくるから」

気配で泉が立ち上がろうとしたのがわかって、慌ててそれを制止する。
こんな暗闇でケガでもしたら大変だもん。

手探りで押し入れまで辿り着く。目も少し慣れてきたようで、困難かと思われた懐中電灯を見つけることも意外と簡単にできた。

カチッとスイッチを入れて、

「あれ?」

オイオイ、まじですか?

「どうした?」
「電池切れ…かな」
「あぁ?!」

俺はどうしようもなくて苦笑するしかない。
泉のいささか不機嫌に「使えねー」と呟かれた言葉に更にその笑みを深くした。
仕方なく懐中電灯を押し入れに戻して、なにか代わりになるものはないかと探す。

目はもうすでにだいぶ慣れてきていた。

「あ、これでいいか」

ふと手にとったのは、去年、野球部のクリスマスに参加した時に貰ったでっかいキャンドルとライターだった。
使うことなんて無いと思ったけど、もったいなくて捨てられなかったソレ。

ビバ貧乏性ってね。

「何持ってきたんだよ?」
「まあまあ。見てのお楽しみ」

気配で俺が戻ってきたのを察した泉の声に答えて、俺はライターの火を点ける。
ご丁寧に付属されていたスタンドにキャンドルを立てて、導火線にライターの火をあてた。

「へぇ…」

ぼんやりと視界が橙色の光に包まれる。
揺れる光の向こうで泉が表情を緩めるのが見えた。

「こーゆーのも悪くないね」
「だな」


二人でキャンドルの灯りを挟んで笑いあう。

あ、キレイ、だ。
素直にそう思った。視線が自然と泉に行ってしまう。
光でこんなに変わるものなのか…
「浜田?」

「いずみ…」

名前を読んだのに、言葉が続かず沈黙に支配される。


プルルルッ!




「「?!!」」

突然鳴り響いたけたたましい着信音。

携帯電話かよ…
俺、今まじでビビったんですけど。
体の真ん中で心臓がバクバク言っている。

「もしもし?」

鳴ったのは泉の携帯電話だった。
ああ、とか、うんとか相槌を打つ姿を見ながら、電話の相手に心の中で舌打ちをする。

「なぁ、今日泊まってっていい?」
「んあ?」

突然の質問に間抜けな声が出た。
顔を上げると、泉が携帯電話のしゃべる部分を押さえてこっちを見ている。

「あ、うん。全然いいよ」

あ、おふくろさんか。
だったらしょーがねぇよ。と自分の不満に言い聞かす。


「おふくろさん?」
「ああ。なんか信号機とかも止まってるらしくてさ、事故とか起きてっから帰ってくるなって」

電話が終わった泉にあえて尋ねてみると、いかにも面倒くさいと言いたげな言葉が返ってきた。

「明日、こっから部活行くし、タオルとか借りていいか?」
「ああ、いいよ」

「じゃあ…もー寝ようぜ」

そういって泉が立ち上がる。
多分、まだ10時にもなってないと思うのに…

「もしかして、結構疲れてた?」
「あぁ?それはテメェだろ」
俺のベッドに我が物顔で泉は横になる。

「バイト、バイトって昨日まで根詰めやがってよ」

珍しい悪態内容だった。
だって俺がバイトで食ってるの知ってるし…

「いずみ…?」
「うるせぇ。さっさと寝ろ」

可愛くない…

そんなことを思った時だった。

パパッと視界が白くなった。

「あ、電気…」

電気が普及したようだ。
キャンドルの灯りがあったとはいえ、目がシパシパする。

「泉、電気ついた」

「……俺、帰んねぇからな」

枕に顔を埋めたまま、噛み合わない返答が帰ってきて、気付く。


俺はキャンドルの灯りを吹き消す。蛍光灯からたれている紐を引いて、ついたばかりの電気を消した。

「いずみ」

隣のスペースに体を滑り込ませて、相手の細い腰を引き寄せる。頑なに枕に顔を埋めた姿が可愛らしくて笑みがこぼれた。

「ずっと一緒にいるから」

耳元で囁くと、ピクッとみじろいだのが分かった。それでも顔をあげてくれない泉。

「おやすみ」

もう一度、耳元に唇を寄せてそっとキスを落とした。

そーゆーことね。
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椅子が必要ですか?(浜泉)

バイトからの帰路。
自分の住んでいる部屋の明かりがついていることに気が付いて、浜田はくすぐったそうに笑った。
早足に鉄の階段を上がる。

「ただいま〜」

ドアを開けて明るい部屋が出迎えてくれる。

「…おかえり」

しかも、愛しい恋人の姿というオプション付きなら、顔もにやけずにいられない。

と、

そこまでは幸せの絶頂だった。


「……なっ、どーしたの!?」

開け放たれたキッチンの戸棚。床に散らばった日用品のストック。
その中心で途方に暮れた泉の姿。

「いや、シャンプーが終わってたから…」

続くはずの言葉は、恥ずかしさのせいでモゴモゴと空気に消えてしまう。

「ケガとかしてない?」
「あ、おぅ、それはヘーキ」

靴を蹴るように脱ぎ捨てる。
カバンを降ろすのも忘れて駆け寄れば、大丈夫だから。と言われて、浜田はホッと胸を撫で下ろした。

「ったく、なんでこータイミングが悪いんだろーな、お前は」

床に散らばったストックを集めながら、泉は刺々しく呟いた。

恥ずかしさを隠すための悪態だとわかって、ハハッと浜田の眉が下がる。


「とりあえずカバン置いてこいよ?」
「え?ああ、そーするわ」

散らばった日用品の袋を集めるのを手伝おうとした手を止められる。
確かに邪魔だと肩に掛けたままのショルダーバッグをもう一度背負い直して、泉の言葉に甘えた。



さて、どーするか。
日用品を集め終わった泉は、それと高い位置にある戸棚を見比べる。
悔しいことに、自分の身長では届かない。無理をすれば先程と同じ展開になることは容易に見て取れた。

(だからって浜田に頼むのもなんか癪だな…)

素直じゃない自分に苦笑が漏れる。

「いずみー」
「あぁ?」

カバンを置いて戻ってきた浜田の呼び掛けに振り返る。
そうして、彼が手に持っているものを見て唖然とした。

「これ使ったら届くんじゃね?」

可愛いだろー。と差し出されたのは、赤ちゃん用の小さな椅子。パンダがニッコリ笑う背もたれがなんとも言えなかった。

「どっから持ってきたんだよ!」
「え、押し入れ」

なんでそんなものがあるんだ。と言いたげな泉の視線から逃げるように、浜田はヘラリと笑って、椅子を設置する。

「はい、どーぞ」
「なっ!」
「じゃー、俺、シャンプー詰め替えてくっから」

「〜〜〜〜っ」

シャンプーの詰め替えパックを持ってバスルームへと消えていく浜田の後ろ姿を睨み付け、

「お、覚えてろよ!!」


と大きく叫んだ。





椅子が必要ですか?

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気まぐれロマンチック(浜泉)

野球は辞めたつもりだった。
留年して、また通うことになるとは思わなかった教室の扉をくぐるまでは。


「はま、だ、先輩?」

驚いたと困ったが混ざったような顔。
大きな黒い目を更に見開いて。


それでも馴染むにはそんなに時間がいらなかった。
生意気な物言いも、それでも人懐こい無邪気な顔も。


そう。

ちょうど、退屈な運命には飽き飽きしていたところだった。


「応援団?」
「そう、どう思う?」

怪訝そうにした顔が、考える顔に変わる。
そらされる目線。向けられる背中。

「泉?」

「いーんじゃねーの!」

空を見上げて半ば叫ぶように放たれた言葉は、嬉しそうだったからホッとした。


Darlin′Darlin′

心の扉を壊してよ。

大切な事は目を見て言って。

あなたとならば笑っていられるよ。

今すぐ駆け出すの。

My sweet sweet Darlin′
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春眠暁を覚えず。(浜泉)

シトシトと降る雨の音で目が覚めた。ボーッとする頭で雨かぁ…、桜散るなぁ…と思いながら、重いまぶたを閉じようとする。

そんなところで、携帯電話が鳴った。
それは泉の携帯電話で、浜田は隣に眠る彼の肩を揺すった。

「ナニ?」

眠そうな柔らかい声。

「電話、鳴ってるよ」


彼の手元に携帯電話を差し出してやると、ノロノロと起き上がった。

「もしもし?あ、花井?うん…ああ、うん」

電話の相手の名前が聞こえて、ああ練習についての連絡だな。と頭の隅で思う。
泉の眠そうな相槌を聞いていると、こっちも眠くなる。

じゃあな。という終わりの言葉。そのまま起きるのかなぁ…と思うと、自分も起きないととぼやける頭に言い聞かす。

よし、起きるぞ!と気合いを入れようとして、パタンと自分の方に倒れてきた泉にその出鼻をくじかれた。

あれ?

「起きないの?」
「雨でやる場所もないから、とりあえず中止」

あ、そう。と答える浜田を尻目に、泉はモゾモゾと布団に入り寝る態勢を整える。

「春ってなんでこんなにねみぃんだろ…」

すでに目を閉じたまま、泉が呟く。

「まあ、春眠ナントカを覚えずって言うからね」
「……浜田、あったけぇ…」

珍しく知識のある言葉を言ったのに、当たり前のように無視されて、少しムッとなりそうになったが、

ウトウトする泉が無意識だろう、スルリと自分の肩口に顔を寄せて寝息をたて始めたのを見て、どーでもよくなった。


雨による中止の電話と肌寒さ、春独特のけだるさに感謝して、浜田は泉の体を抱き寄せ眠りに落ちた。



春眠を覚えず。
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