※月島視点の小話。
コミックス14巻で、樺太先遣隊として鶴見中尉の傍から離れる事になった鯉登ちゃんが、駆逐艦の甲板で中尉の写真を見ながら涙目になっているシーンがありましたが、そのとき月島は一体どうしていたのかというのを勝手に色々妄想して書いた月鯉です。
ほんと月島も鯉登ちゃんも幸せになって欲しいな…!!!
ご覧になりたい方は下の追記よりどうぞ。
ログイン |
★漫画・アニメ・ゲームの話や、お出かけ&遠征記録がメインのブログです。(時々落書きも有り)
※月島視点の小話。
コミックス14巻で、樺太先遣隊として鶴見中尉の傍から離れる事になった鯉登ちゃんが、駆逐艦の甲板で中尉の写真を見ながら涙目になっているシーンがありましたが、そのとき月島は一体どうしていたのかというのを勝手に色々妄想して書いた月鯉です。
ほんと月島も鯉登ちゃんも幸せになって欲しいな…!!!
ご覧になりたい方は下の追記よりどうぞ。
(全くあの人は…俺がちょっと目を離すとすぐに居なくなるから困る……)
鶴見中尉の命令により、先遣隊として樺太へ向かう事になった月島は、いつの間にか姿が見えなくなった鯉登を探して足早に歩いていた。
いま月島がいるのは、海軍少将である鯉登の父親が用意した駆逐艦の中だ。
今回の任務が不満な鯉登は艦に乗り込んだ後、父親と二人だけで何やら話をしていた筈だが、月島が様子を見に訪れた時には既に姿は無く、鯉登に割り当てられた士官用の船室へ向かうも、やはり彼はいなかった。
樺太へ向けて出航してから大分時間が経過したせいか、徐々に空の色は晴天の青から、夕暮れの橙色に変化し始めている。
周囲が海である以上、もはや鯉登が勝手に北海道へ戻る事は出来ないのだが、彼は鶴見中尉の傍から離れる事を非常に嫌がっていた。
いくら剣術や体術に優れていても、まだ少尉になったばかりの若き将校ゆえ、どこか精神的に幼い鯉登の事だ。
もしかしたら、船内のどこかで落ち込んでいるのかも知れない。
(それともまさか…また船酔いになってその辺で倒れてはいないだろうな……)
そんな事を考えながら扉を開けて甲板に出ると、探していた上官がようやく視界に入り、月島はほっと胸を撫で下ろす。
「鯉登少尉殿。」
声をかけると、膝を抱えるようにして甲板の片隅に座り込んでいた鯉登は無言で顔を上げ、月島の方を見つめた。
どうやら船酔いで体調が悪いわけでは無さそうだが、鯉登の両目には涙が滲んでおり、あの特徴的な眉毛が悲しげに八の字に垂れ下がっている。
そして右手には、いつも軍服の胸ポケットに入れている鶴見中尉の写真が握られていた。
きっと鶴見中尉と暫く会えなくなる事が辛くて、一人で泣いていたのだろう。
先日の網走監獄での抗争において、迫りくる囚人達を容赦なく軍刀で斬り捨てていた時の、あの勇猛な将校とはまるで別人のように、今の鯉登は何とも痛々しい表情だ。
けれどここで鯉登を甘やかしてはいけないと、月島は厳しい眼差しを向けながら上官の方へと歩んだ。
彼はいずれ、大勢の部下を従える指揮官となる未来が待っている。
ここは何としても、自力で立ち直って貰うしかない。
「こんな所でいつまで泣いているつもりですか。」
月島が傍に近づいても、鯉登は相変わらず黙って写真を握りしめたまま、口を開こうとはしなかった。
上官の身を案じて探しにきた部下の存在など、まるで目に映っていないかのような態度に、月島の中で苛立ちが募っていく。
鶴見中尉に対する鯉登の敬愛ぶりが尋常ではない事は、月島も理解はしていた。
以前月島が渡した鶴見中尉の写真を日々眺めては、まるで神を崇めるかのごとく鶴見中尉の素晴らしさを褒め称える彼にとって、今回の任務は耐え難いものなのだろう。
しかし鶴見中尉とはこの先も、必ず一緒にいられるとは限らない。
ましてや海軍少将である父親に大切に育てられ、軍人として将来を約束されている鯉登は、いずれ鶴見中尉をも超えて行かなくてはならないのだ。
気持ちが辛いからといって、上官が部下の前で女々しく泣いているなど、あってはならない。
「我々はもう樺太へ向かっているのです。いい加減に気持ちを切り替えて下さい。」
座ったまま微動だにしない鯉登を見て、こうなったら力づくでも立ち上がらせるしかないと判断した月島が、彼の前に両腕を差し出そうとしたその時だった。
「…おやっどにも散々言われはしたが……」
これまで静かに座っていた鯉登が、弱弱しく口を開いた。
「…やはり辛いのだ。鶴見中尉殿のお傍を離れるのは……」
そう言いながら顔を伏せた鯉登を、月島は冷たい瞳で捕えながら、はあ…っと深い溜息をつく。
我儘な鯉登の事だ。おそらく父親に散々抗議はしたが北海道へ戻る事は許されず、こんな場所でいじけていたのだろう。
「これは鶴見中尉が命じた任務ですよ。それに一生お傍を離れるわけでもないでしょう。任務が終わればまた会えるのですから。」
すっかり気落ちしている鯉登を見て、月島は思わず右手の拳をぐっと握りしめる。
情けない姿を晒す上官に苛立ちが募る一方で、月島の心の中には別の感情も生まれていた。
鯉登が鶴見中尉の話をするたびに、必死に抑えようとしても自然と湧き出る、黒くてドロドロとした醜い嫉妬と独占欲。
常に鯉登の事を思い、傍にいるのは月島だというのに、何故いつまで経っても此方を見ようとはしないのか。
何とも浅ましいその気持ちを振り払おうと、月島は再び口を開いた。
「ほら、立って下さい。」
今は幸い月島と鯉登の二人しか甲板にはいないようだが、この艦には鯉登の父親や海兵達だけでなく、共に樺太へ向かう杉元と谷垣も乗っているのだ。
グズグズしていたら、そのうち誰かがやって来るかもしれない。
なのに月島が叱責しても、鯉登は一向に立ち上がろうとしなかった。
「…嫌だ…もう動きたくない……」
月島を見上げた鯉登の虚ろな両目は、涙を流したせいですっかり赤くなっていた。
そのうえ潮風によって彼の髪は酷く乱れており、普段は綺麗に分かれている前髪が目にかかっているせいか、容姿がいつもより幼く見える。
悲しみに暮れる鯉登を見ていると、まるで月島が何か酷い仕打ちをしているかのようで、そのやりきれなさに胸の奥がざわついた。
「―――いい加減にしろっ!!!!」
気が付けば月島は大声で怒鳴りながら、甲板に座っていた鯉登を強引に立たせようと、彼の身体に両腕で掴みかかっていた。
「月島ぁっ!!?」
部下の豹変ぶりに動揺し、声を上げる鯉登を無視して、月島は力づくで彼の身体を上へと引っ張り上げる。
「痛いぞ月島っ!!」
「うるさい!!!!」
座った姿勢から無理やり立たされた鯉登が抗議した次の瞬間、両肩を月島の逞しい腕にグッと掴まれる。
気が付けば怒りに満ちた月島の顔が間近に迫っていて、鯉登は思わず息を飲んだ。
「こんな貴方を…俺が放っておけるわけないでしょうが!!!!」
「――――!!!!!」
周囲の人間からは「第七師団の良心」と呼ばれ、日頃は常に冷静沈着であった月島のあまりの迫力に、鯉登はもはや抵抗する事を忘れて、茫然とした表情でその場に立ち尽くす。
そんな上官の姿を目に映しながら、月島は鯉登の肩を掴んでいる両手に力を込めた。
涙を流すほど悲しんでいる鯉登の事を、優しく慰められる立場であったなら、どんなに良いだろうか。
出来る事なら今すぐ口づけて、彼の悲しみが癒えるよう存分に愛したい。
だが月島は鯉登の補佐役を担っているとはいえ、所詮はただの部下であり、決して恋人のような親しい間柄では無い。
鯉登を大切に思うのなら、ここはあくまで上官の補佐として、厳しく叱るべきだろう。
頭の中で月島はそう理解していた。理解していた筈だったが。
上官の将来を気遣う心とは裏腹に、月島の両腕はいつの間にか鯉登の背中へと回され、そのまま彼の身体をぎゅっと抱き寄せていた。
「…月島…?」
部下に突然抱きしめられた事に驚いたのだろう。月島の名を呼んだ鯉登の声には僅かに震えがあった。
(…俺は一体、何をしているんだ……)
――早くこの手を離せ――――
月島の理性は必死にそう訴え続けているのに、抱きしめた鯉登の身体から伝わるぬくもりが愛おしくて、両腕は一向に離れようとしてくれない。
鯉登の方が身長が高い分、体格においては有利なのだから、いっそ抵抗してくれたら良いものを。
月島がそんな思いを巡らせている間も、何故か鯉登は抗おうとはせず、月島の腕の中におとなしく収まっていた。
暫しの静寂の後、やがて鯉登は月島の肩口にそっと頭を預けた。
まるで甘えるかのようなその行為に、月島は思わず目を見開く。
「…月島の手は温かいな。こうして触れられていると、何だか落ち着く……」
突如とんでもない事を口にした鯉登に、月島の心臓がどくりと大きく跳ね上がった。
「……俺の手は寧ろ、奪うばかりのものです。」
実際、月島はこれまでに様々な人間の命を奪いながら生きてきた。
それは軍人としての任務の中でも、個人の過去においても。
かつて故郷で起きたあの出来事以来、もう二度と誰かを愛する事は無いと思っていたのに、なぜ鯉登を求める気持ちが抑えきれないのだろう。
「…だが私は、月島に何かを奪われた覚えは無いぞ…」
「……!!!!」
「だから安心して、私の元にいるといい……」
月島は今、この我儘で面倒くさい上官が心底狡いと思った。
どうして鯉登は、月島が張っている防衛線をこうもあっさり切り崩してしまうのか。
鶴見中尉と離れるのが辛いと、先程まで悲しげに泣いていたのは鯉登の方だったというのに、これではまるで逆に慰められているようで、月島の胸に熱いものがじわりと広がっていく。
普段はお子様な癖に、時折こんな風に「大人の顔」をチラリと覗かせては、鯉登より遥かに年上な月島の心を掻き乱すのだから、何とも性質が悪い。
「……艦内に戻りましょう。じきに陽が落ちます。ここにいたら身体が冷えますよ。」
月島は淡々と告げると、離れる事を惜しむ自身の両腕を、鯉登の背中からそっと外した。
鯉登と「上司と部下」の関係を保つ為にはそうしなければならないというのに、いざ手を放してみると、まだ抱きしめていたいなどと欲望が次々湧いてくるが、それらを懸命に心の奥へと沈めていく。
「月島ぁ!」
抱きしめられた事で気持ちが落ち着いたのか、艦内へ戻る為に扉の方へ向かい始めた月島の隣から、鯉登の澄んだ声が響く。
「その…面倒をかけてすまなかった……」
「別にいつもの事なので気にしていません。」
月島が無愛想にそう答えると、鯉登は少しむくれた表情になりながら「それはどういう意味だ…」と小声で呟いていたが、あえて聞かなかった事にする。
(…どんなに面倒くさくても……結局許してしまうのは貴方だからですよ………)
そう密かに思いながら、月島は艦内へと続く扉を開いた。
-END-