月番
さあ、これでみんな揃ったかい? えぇ?



揃ったようだけど、なんだい?


月番
いゃぁ、実は、
みんなを呼んだのは他でもねぇが、
大家がね、月番のおれを呼んで、
みんな顔を揃えてきてくれ、と、こうだ


ふーん、何のようだろうねぇ


月番
なんだか分からねぇが、
おれのかんげぇじゃぁ、ひょっとしたら
たなちんの催促じゃぁねぇか、と思うんだ
みんなから店賃を取ろうってぇんだ



店賃を? 大家が? 
そりゃぁ、図々しい話しだ


月番
図々しいってぇことたぁねぇ。
しかし、なんだなぁ、
大家が催促をするてぇからにゃぁ、みんな相当に溜めてんじゃぁねぇかと思うんだが、
どうだい? 留さんちなんか



いやぁ、面目ねぇ


月番
面目ねぇ、なんてぇとこを見ると、
あんまりもってってねぇな



いや、それがね、
ひとつやってあるだけに、面目ねぇ


月番
そんなら何も面目ねぇなんてぇこたぁねぇ。
店賃なんてモノは毎月ひとつ持ってきゃぁそれでいいもんだ



おめぇ、そりゃぁ、
毎月ひとつ持ってってりゃぁ、
誰も面目ながりゃぁしねぇやな


月番
まぁ、そう云やぁそうだ。
じゃぁ、半年前にひとつくれぇか?



半年前ならおお威張りだ


月番
一年前か?



一年前なら面目なくねぇや


月番
三年くれぇか?



三年前なら大家の方から礼にくらぁ


月番
来やしないよ。じゃぁ、
おめぇはいってぇ、いつ持ってったんだい?



まぁ、月日の経つのは早ぇって云うが...
あれはおれがこの長屋に越して来た月のこったから、指折り数えて十八年くれぇにゃぁなるかな?


月番
十八年? 仇討ちじゃぁないんよ! ...
辰ちゃんちはどうなってる?



まことに、すまねぇ


月番
いや、謝られてもしょうがねぇけど、
店賃、どうなってる?



その、店賃、ってぇのは、何だ?


月番
おいおい、店賃、知らねぇやつがいたよ!
しょうがねぇなぁ...寅さんとこはどうだい?



何が?


月番
何が、じゃないよ。店賃だよ



店賃だぁ? 
そんなもん、未だにもらったことがねぇぞ!


月番
あれ、この野郎、店賃、もらう気でいやがる。図々しいにもほどがあらぁ...
店賃てぇものは、おめえが大家に持ってく金じゃぁねぇか



おれから? 
へぇ、そいつぁ、初耳だ


月番
無茶云うねぇ...六さんは? 
おめぇさん、なかなかきちんとしたとこがあるから、店賃は持ってってるだろう?



いや、そう云われるてぇと恥ずかしいが..
確かに持ってってる


月番
えらい! これだよ、感心だ。
いつ持ってった?



そうだなぁ...
おれが、おふくろの背中におぶさって...


月番
...あきれたねぇ...
そりゃぁ何十年前の話しだ? 
古過ぎらぁ... 亀さんは?


じつは、五年以前に亡くなった親父の遺言でなぁ...臨終の枕元におれを呼んで、
苦しい息の下でこう云ったんだ。

『これ、せがれや...おれも長ぇあいだ、
この長屋に住んでいたが、いまだに店賃てぇものを払ったことがねぇ。どうぞお前の代になっても、店賃を払うような、そんなだいそれた了見だけは起こしてくれるなよ...』と、
涙ながらにおれの手を握った...まもなく、
息は絶えにけり...南無阿弥陀仏...


月番
いい加減にしろい! 
どこの世界にそんな遺言する親父がいるんでぇ 勝ちゃんとこは?



右隣のうちの話しじゃぁ、
払ったのは十八年前、左隣のうちの話しじゃぁ、
店賃を知らない。向こう三軒両どなり、
ご近所一帯が店賃を出してねぇってぇのに、
うち一軒が払っては、近所付き合いの手前、
面目が立たねぇ。店賃は払いてぇ。
払いてぇ気持ちはやまやまだけど、それは自分の胸にグッと堪えて、浮世の義理との板挟み、
まことに辛い...


月番
こりゃぁどうにもしょうがねぇなぁ。
こうして聞いてみると
だれ一人払ってねぇってぇわけだ。
こいつぁ、ことによると店立て ?!
食わせられるかも知れねぇぜ。
まぁ、そうなったらそうなったときのことだ。
とにかく行ってみようじゃぁねぇか。
いいか、おめぇら、なるべく頭を低くしてろよ。
だってそうじゃぁねぇか、そうしときゃぁ、
大家が小言を言ったって、小言がスーッと頭の上を通り越しちまうから..

さぁ、大家のうちだ...あ、いるいる...
小難しいツラしやがって、
新聞なんぞ読んでるぜ..

あの顔つきからして、いよいよ店立てだな、
こりゃぁ...



おいおい、脅かすなよ


月番
じゃぁ、入るからな...頭、下げてろよ...
えぇ、大家さん、おはようございます。
えぇ、お言葉どおり、
長屋の連中、雁首揃えてやって参りました。
なんかご用でございましょうか?


大家
なんだ、
そんな戸袋ンところへかたまって...
いいから、みんなこっちィ入ンな


月番
いいえ、ここで結構です。すいませんが、
店賃のことでしたら、
もう少し待っていただきてぇんですが...


大家
店賃? あぁ、そうか...
おれが呼びにやったてんで、店賃のことだと思ったのか? そんなら心配するな。
今日は店賃のことで呼んだんじゃぁねぇんだ


月番
あ、じゃぁ、店賃はもう諦めましたか


大家
いゃ、諦めちゃぁいねぇ



おぉ、こりゃぁ執念深けぇじゃぁねぇか
大家 執念深いてぇことがあるか。ま、
店賃はいずれ入れてもらわなきゃならねぇが、
今日はそんなことで呼んだんじゃぁねぇ。
まぁ、いいからこっちへ来な



へぃ、どうもおはようごさいます



おはようござんす



おはようございます



おはようす



おはようさんです



おはようございます


大家
もういいよ、
そうみなでおはよう、おはようと云わなくても、
ひとり云えば分かるから


月番
じゃぁ、あっしが月番ですから、
みなに成り代りまして、えぇ、
おはようございます


大家
ああ、おはよう。
そうだ。お前さんが月番だから、
これもまとめて云うけど、
おれだってあんな小汚ねぇ長屋貸しとくんだから
店賃はそう気にしちゃあいねぇからな


月番
ええ、そりゃぁ、あっしたちだって、
あんな薄汚ねぇ長屋借りてるんですから、
店賃なんてぜんぜん気にしちゃあいませんから、
大家さんもどうかご安心なすって


大家
だれが安心なんぞするもんか。
まあ、みんな楽じゃぁねぇだろうが、
ぼつぼつ少しずつでも入れてくんなくちゃぁ
いけねぇ。だけど、楽じゃぁねぇと云えば、
世間でうちの長屋のことをことを
「貧乏長屋」なんて云ってるそうだな


月番
え? えぇ、貧乏長屋の戸無し長屋って云えば、もう、音に響いておりやす


大家
なんだ、その戸無し長屋てぇのは?


月番
長屋中全部、戸がねぇんで


大家
そんなはずはねぇ。仮にも人が住まううちに戸がねぇなんてぇことがあるか


月番
えぇ、まぁ、はじめのうちは確かに
戸があったように思います。
けどねぇ、なにしろ湯を沸かすったって、
飯を炊くったって、燃すものがなきゃあできねぇでしょ。だから、しょうがねぇんで、
雨戸をだんだん燃しちまったんで...


大家
おいおい、いけねぇな、それは。戸締まりがしてなくっちゃぁ不用心でしかたあるめぇ
話は変わるが
「銭湯で上野の花のうわさかな」なんてぇことを云うだろ。いい陽気になってきたなぁ


月番
ええ、まったくいい陽気ですねぇ


大家
おもてをぞろぞろと人が通るじゃぁねぇか


月番
へぇ、どこへ行くんですかねぇ


大家
決まってるじゃぁねぇか。花見に行くんだ


月番
へぇ、結構な身分ですねぇ。
あっしたちだっておんなじ人間なんですから、 あんな身分になってみてぇもですねぇ


大家
それなんだ。みんなを呼んだ用てぇのは..


月番
へぇ?


大家
うちの長屋を貧乏長屋なんて云われんのは
癪に障ってしょうがねぇ。どうだい、ひとつ
陽気に花見にでも出かけて、貧乏神を追っ払っちまおうと思うんだが、どうだい? 
なまじっか、女っけのねぇほうがいい。
野郎だけで繰り出そうと思うんだが、どうだい?


月番
へぇ...花見ねぇ...で、
どこへ行こうてぇんです?


大家
上野の花が満開だそうだ。
近間でいいから、どうだい?


月番
上野ですか...するてぇと、長屋の連中が
ぞろぞろ出かけて、花ァ見て、ぐるっと一回りして帰ってこようってぇわけですか?


大家
そんなぐるっと歩くだけの花見なんてぇ
間抜けな花見があるか。酒、肴をもってって、
わーっと騒がなくっちゃあ、行った甲斐てぇものがねぇじゃぁねぇか


月番
酒、肴ですかぃ? 
どこにそんなものがあるんですかぃ? 
どっかでかっぱらって来ますか?


大家
おい、そんなことを云ってちゃぁだめだ。
そっちの方はおれが用意したから安心しな。
おめぇらは身体だけもってってくれりゃぁいい


月番
へぇ! 
大家さんが酒、肴を心配してくれたんですか!?


大家
ああ、ここに一升瓶が三本あらぁ。
それにこの重箱の中にゃぁかまぼこと卵焼きがへぇってる。酒肴ったってこれだけなんだが、
どうだい? みんなで出かけるか?


月番
え? 一升瓶が三本に? かまぼこと卵焼き? それだけみんな大家さんのおごりですかい!?


大家
どうだい? 上野の山、行くかい?


月番
行きますよ。行きますとも...
それだけ用意ができてりゃぁ、上野はおろか、
アラスカへでも行っちまいます


大家
ペンギンと花見しようてぇんじゃぁねぇ。
上野でいいんだよ。じゃ、みんな行くかい?
そうかい。そうと決まれば善は急げだ。
さっそく繰り出そうじゃぁねぇか。それじゃぁ、
今月の月番、おめぇさん、
今日はひとつ幹事を務めておくれ


月番
えぇ、あっしですか? 幹事...
幹事てぇことになりますてぇと、
お毒味役てぇことで、ひとより余計に飲み食いもしなきゃぁなりませんねぇ



おぃおぃ、
幹事になるとそんな役得があるのかい? 
じゃぁ、大家さん、あっしゃぁ来月の月番ですから、あっしも幹事に立候補しやす


大家
あぁ、じゃぁ、おめぇさんも幹事におなり


月番
じゃぁ、これで出かけましょう。
さぁ、みんな、これから大家さんにごちンなろうてぇんじゃぁねぇか。
よーっく、お礼を申し上げろ



どうもありがとうござんす



ごちそうさまです



哀れな親子が助かります


大家
おぃおぃ、物乞いじゃぁねぇんだぞ...
そんなにみんなに礼を云われるてぇと
ちょぃと決まりが悪りぃなぁ...
まぁ、後の喧嘩、
先にしとかなきゃならねぇてぇから、
ちょぃと種明かしをするとだなぁ...
月番 種明かし?


大家
あぁ、
実はこの一升瓶の中身は本物じゃぁねぇんだ


月番
えっ!?


大家
番茶を煮出して水で割って薄めたんだ。
どうだ。酒に見えるだろう?


月番
え...あ、あの、これ...番茶ですか?
 それじゃぁ酒じゃぁなくて、
お茶け?


大家
まぁ、そういったところだ


月番
でも、大家さん、
かまぼこと卵焼きは本物なんでしょう?


大家
おいおい、馬鹿を云っちゃぁいけねぇ。
それに本物を買うくらいなら、
五合でも酒を買うじゃぁねぇか


月番
...すると、こっちぁ、なんです?


大家
まぁ、論より証拠だ。ふたを取って、
自分で見てみな


月番
そうですかィ...ふたをとって...ああ...大根のこうこと沢庵だ...


大家
そうだ。沢庵は黄色いから卵焼きだな。
大根のこうこは月形に切ってあるだろ。
これで誰が見たってかまぼこだな


月番
そりゃぁ、見た目にゃ、ね...しっかし、
こりぁゃおでれぇたなぁ...
がぶがぶのぼりぼりだとさ... 


大家
まぁ、いいじゃぁねぇか。
向こうへ行って、「かまぼこがオツだぜ」とか
なんとか云いながら、なるべく歯に当てねぇように食べて、小さいもので呑んでりゃぁ、
かまぼこで酒呑んでるようにみえるじゃぁねぇか


月番
そりゃぁ見えるでしょうよ。見えますけどね、
やってる当人としちゃぁねぇ...どうだい? みんな、これでも出かけるかい?



がぶがぶのぼりぼりィ? 
御免こうむろうじゃぁねぇか、なぁ、みんな!



そうだよ、
おれぁこの頃胃のぐえぇがよくねぇんだ。
たくあんなんぞ齧りながら番茶がぶ飲みなんぞした日にゃぁおっちんじまわぁ!


大家
ほう、そうかい。おめぇさんたち、
そういう了見かい? そうかい。分かったよ。
それなら、明日にでも溜まってる店賃、
耳を揃えて...



お、大家さん、
そんな脅かしっこ無しですよ...


月番
なぁ、みんな、
大家さんがせっかく用意してくれたんだから、
その気持ちにすまねぇから、
行こうじゃぁねぇか...



ま、向こうへ行けばみんな浮かれてるしよぉ


月番
うんうん



がま口のひとつや二つは...


月番
そうそう、落っこちてねぇとも限らねぇ...



おう、それを頼りに、ひとつ心丈夫に...


月番
出かけようじゃぁねぇか...


大家
おい、変なことを云うもんじゃぁねぇ。
ともかく、みんな出かけるんだね


月番
へぃ、出かけますとも。
えぇ、こっちゃぁ焼けクソですから


大家
焼けクソで花見ィ行くヤツがあるかい。
おいおい、それじゃぁ幹事、
さっそく働いてもらうよ
金 えっ!? あっしも幹事ですか?


大家
おめえさんが立候補したんじゃぁないか



あぁ、えれぇ時に幹事になっちゃったなぁ...へぃ、大家さん、なんでござんしょう?


大家
後ろの毛せんを持ってきておくれ 


毛せん? 毛せんなんかありませんが...
大家さん、むしろしか...


大家
おれが毛せんだって云ったら、
毛せんだと思ゃあいいんだよ



へい...なんてぇ横暴な話しだ? 
へぃ、持って来やした。むしろの毛せん!


大家
余計なことを云うもんじゃぁねぇ。いいか、
それを向こうへ行ったら下へ敷くんだ...
えぇと、そうだな。その重箱を包んだ風呂敷きをくるんで、縄を掛けて...そうそう。
そこの竹の棒を通して...
よし、これで担げるだろう。
今月と来月の月番。
おめえら、幹事二人でそれを担いで来な


月番
これを担ぐんですか? 
へぇ、むしろの包みを担いでねぇ...
こいつぁ、花見行こうってぇ格好じゃぁねぇや.ネコの死んだのを捨てに行くようだ...


大家
変なことを云うんじゃぁないよ...
さぁ、したくはいいかい? ではでかけよう。
月番、出かけとくれ


月番
へぃ、じゃぁ担ぐよ、上げるよ...よっ、と.
じゃぁ大家さん、出かけます。
ご親類のかた、揃いましたか?


大家
おいおい、なにを云ってんだ。
弔いの行列じゃぁねぇ。
さぁ、ひとつ陽気に出かけよう。
そら、花見だ、花見だ!



ほれ、夜逃げだ、夜逃げだ


大家
誰だ? おかしなこと云ってんのは



なぁ、どうもこう担いだ格好てぇのは
あんまりいいもんじゃぁねぇなぁ...


月番
そうよなぁ...
しかし、おれとおめぇとはどうしてこう、
担ぐのに縁があるかなぁ...



そう云えばそうだなぁ...去年の秋だよ、
海苔屋の婆さんが死んだときよ


月番
そうそう、
冷てぇ雨がショボショボ降ってたっけ...



だけどよぉ、
あれっきり誰も骨上げに行かねぇなぁ...


月番
ああいう骨はどうなるんだ?


大家
おぃおぃ、花見ィ行くってぇのに、
なんてぇ暗い話しをしてるんだ、おめぇらは!
もっと明るいことを云って歩け!



へぇ...明るいって云えば、昨日の晩よ


月番
うん、うん



寝てるてぇと、
天井の方がやけに明るいと思ったら、お月様よ


月番
へぇ、寝たまま月が見えるのかい?



あぁ、よく見えらぁ


月番
どうして?



雨戸を全部燃しちまって、
もう燃すものが無くなっちまったからなぁ、
昨日の朝よ、おまんまを炊くのに困って、
天井をはがして燃しちまった。
だから、寝ながらにして月見ができるてぇわけだ


月番
そいつぁ風流だ



おめぇもやってみな


月番
あぁ、さっそく今晩にも...


大家
おいおい、店賃も払わねぇで、
うちを壊すやつがあるか!



へぇ、すいません...しかし、大家さん、
ずいぶん大勢、人が出てますねぇ


大家
たいへんな人だなあ



...この人通りを見て、
考げぇたんですけどねぇ...


大家
なにを?



これだけの人から一銭ずつもらっても
大変なものですぜ


大家
おぃ、
そんなみみっちぃことを云うもんじゃぁねぇ。
もっと大きなことを云えねぇか!?



大家さんッ!


大家
な、なんだ?



しばらく札で鼻をかみませんねぇっ


大家
よせよ、下らないよ。
通る人が笑ってるじゃぁねぇか。
しょうがねぇなぁ、ったく...
それ、上野だ。
みてみろ、きれいに咲いてるじゃぁねぇか 



続く