※自傷行為やらメンタルの話題やらに注意です!





話題:恋人との日常





待ち合わせ場所に来た彼の顔色は紙のように真っ白だったが、食欲はあるみたいでホッとした。





私の気に入っているイタリア料理の店でお昼ごはん。



このお店は大通りに面していて温室みたいなテラス席があるのが特徴。

私と彼は、通常そのテラス席には座らず、室内の隅っこの席に座って、その大きな窓から入る光や壁に貼られているイタリアの絵地図を見ながらごはんを食べることにしている。



彼と一緒にピザとパスタを食べた。
イタリアの絵地図を指差して、ここはどんなところだろうね?、とか、イタリアと日本はどっちが大きいんだっけ?とか言いながら。



パスタは本当においしかった。
えびの入ったトマトクリームパスタ。
お酒の味がよくきいている。



店内にあるたくさんの細い葉を持った観葉植物を揺らす風を浴びて、彼が「いい風」と目を細める。私はアイスティーを飲むためにストローを口に含んだ。










こうして彼と喧嘩をして仲直りをするたびに、私はある漫画のワンシーンを思い出す。



ハチミツとクローバーという漫画。




主人公(だと思う)の竹本君という男の子は真面目で優しく器用な大学生なんだけど、就職活動に行き詰まり、自転車で旅に出る。
その後半、崖から自転車で落ちるシーン。


竹本君は夜空を見上げて、亡くなった父親と自分の人生を思い、そのあと考えるのをやめて、そうして寝転んだまま手足を空へ突き上げる。


「手」「よし」
「足も」「OK、大丈夫」

「よし、走ろう」



そう言って、また彼は自転車を漕ぎ始める。



(『ハチミツとクローバー』第7巻p.122-123)












私も崖から落ちて満身創痍な気持ちではある。


真夜中のシンとした部屋で、恋人が声にならぬ声を発しながら暴れているのを電話越しに聞いていたら、きっと皆さんも愉快な気分ではないと思うし、私もそうなのです。


でもまだ走れる。
満身創痍ではあるがまだ私も走ることができる。








 

彼の右拳の中指の第二関節は、皮膚の広範囲が毛羽だったようになっていて、その中央が割れたようになっており、大分血が滲んでいた。
また跡が残ってしまいそうな位の傷。


そして彼の家の冷蔵庫は日常生活ではありえないくらい凹んでしまっていた。
 






猜疑心と嫉妬心に満ちて冷蔵庫に勝負を挑む私の恋人。まるで風車に戦いを挑むドン・キホーテのよう。








そんな事を思ったけど、そんな事を思ってる場合じゃない。
彼の自傷行為が再燃してしまったかもしれないんだから。




でもまぁ、今のところは静観しようと思います。これ一度だけなのかこれからも続くのかを見極めて、続くようであれば病院を勧めてみたりしようかな(またもめるかもしれないけど)





血の滲む右手で優しく頭を抱き寄せられて、ふたりでベッドに寝た。


「ゆうちゃん大好き」と言うと、彼も小さな声で「僕も、まきちゃんが好き」と言う。
寝たりお互いに触れたりセックスをしたりしたあと、三時間くらい二人ともぐっすり寝た。



きっとふたりとも休んだ方が良かった。
こんな時間が必要だった。








「ゆうちゃん、手、怪我してるね」

「、、、、」

「冷蔵庫がへこんでるね」




起きてふたりでベッドに座ってお菓子を食べたあとにそう言うと彼はうつむいて「ごめんなさい」と小さな声で言った。




「謝ることじゃないけど、痛そうだね?」


「、、、、」


「そういえば私、ゆうちゃんちの電気壊しちゃったことがあったよね」


「あぁあったあった!」




3年くらい前の夏、彼の家でよろめいた私が、その拍子に電気のスイッチのカバーを外してしまったことがあった。



「あのスイッチそのままにしてるんだ、なんか面白いから」



と言って彼はカバーのないスイッチを見て笑った。













帰り際、玄関のすぐ近くに置かれている花火とシロツメクサの花冠を見た。



どちらも私が「ゆうちゃんの家に置いといて!」と言ったもの。



シロツメクサの花冠は茶色くなっているけど、しっかりと原型をとどめている。

あの日彼がそっと守るように手のひらに乗せて持って駅を出た事を覚えている。そのまま大事に持ち帰って、大切に保管してくれていたんだ。













今年の夏は忙しくなりそうだけど、でも暇を見つけて彼と花火をしよう、蛍を見に行こう、バッティングセンターにも行こう、たまにはこうしてダラダラもしよう。





きっと素敵な夏になる、
私はそう思う。