髭鶯(R18) 昔日



昔から、あまり感情表現が豊かな方ではなかった。かといってそれが周りの気に障っていたかといえばそんなことはなく、友成はいつでもその顔に緩く微笑みをたたえ、反抗期がきて親に楯突くことも、姉弟喧嘩で弟に声を荒げたりすることも、終ぞなかった。

だからそのとき、古備前の屋敷に集められた顔見知りの親族のひとりが自ら腹を刀で捌いて、中から溢れる臓物と滝のような血を見ても、隣の大包平が真っ青な顔で昼食を戻しているのを波風一つ立たない目で眺めながら、友成は隣の母親に尋ねた。
「掃除、大変じゃないか。手伝おうか」



「おかえりー、鶯」
「ああ……、……」
日付の終わりも超えたころ、京都から帰ってきた友成を出迎えたのは、乳姉妹でなにかと世話を焼いてくれる髭切だった。古備前家の厳しい門構え。そこの敷居に不良然とした体で座り込む彼女がまとうのはフェミニンなパイル生地のパーカーと短パン。おまけに抱え込んだ日本刀という絵面の情報量の多さにも、友成は慣れきってしまっていたので特に応えは返さなかった。安達の家は関西と関東の間だが、そんな距離など虚像のように髭切はあちこち飛び回っている。門から本邸までの道のりで、髭切は友成から手荷物を剥ぎとる。ついでに首元に鼻を寄せてすん、と嗅ぐと、途端に飛びのいて嫌そうな顔をした。
「女狐の臭いだ」
大げさに首を振る髭切に、友成もわずかに笑みを漏らした。
聞けば髭切はこの度、友成ではなく古備前のもう少し古い世代の会合に護衛として呼ばれたとのことである。今は不寝番中だよ〜とのことであったが、気を利かせたらしい家長殿が髭切をその夜の仕事から外させた。元よりそのような有様で仕事もへったくれもないと思うが、髭切といえば狂気の獅子と名高いのにも分かる通り、その手腕は疑うべくもないのだろう。どんなに可愛い服を着ていようが、此奴は人を斬ったことがあるのだ。女の身空で伊達に安達の一員を名乗ってはいないというわけである。
人殺し。
人殺しか……。
「髭切」
「うん?」
「疲れた」
「……うん、お疲れ様。お風呂めんどくさいでしょ?朝にしなよ」
血濡れた手でそっと肩を抱かれると友成の足からはすとんと力が抜けて、ついでに言うならその先の言葉はまるで聞き取れない。己は抱え上げられでもしたのかふわりと身体が浮いて、暗転する意識の端で見たそれは消音映画のよう。笑顔の髭切の顔が眼裏に残るばかりであった。

宗近のことは好きだった。
日本において要を担う旧家と古家の女当主同士。気も合うし、話も面白い。。友人という定義が世間一般に差す意味よりも遥かに重いが、ふたりは確かに『そう』だった。だが業を治む者は業に塗れ、血のために自由は奪われる。宗近も友成もそれを是としてこれまでを歩んできたし、今後もそうだと誰も疑っていなかった。周りも、宗近も、友成自身でさえ。
だがことここに至り、友成は気づいた。己にはこの人生は『相応しくない』。自分の求めようとするところは、この先には無いと、天啓を得た。得てしまった。この天啓を気まぐれと断ずるには、友成の周りはあまりにも、彼女の辣腕に頼りすぎていた。状況を読む目、機を逃さぬ爪、生にも死にも容赦躊躇ない嘴。それらを遍く抱えてはばたく美しい翼。彼女以外に導けぬ定めが彼女をそう導いたのなら、彼女の足元に額付くだけの連中が、何か言えた道理もなかった。
「好きでいることと、否定することは、同列じゃあないと思うのだが、違うのか」
「鶯の言うことは難しいけど、簡単なんだよねぇほんとはね。ちょっと待って考える」
「……」
現在時刻は午前3時。帰り着いたのが1時ごろだったと思うから、友成がうたた寝していたのは2時間程度だろう。しかし1日を通して一睡もしていない髭切は当然その間も友成の番をしていたわけであろうから、底なしの体力には頭が下がる。
髭切は、友成が買ってきたチョコレートを箱から貪りながら思案した。友成は空になっていた二つのグラスに日本酒を注いで、自分は小指の爪ほどのボックスチーズをつまんで口に放りいれた。
「え、もう言っちゃったのあのこと?」
「いや、まだだ。話が終わるや寝所に引っ張り込まれてそれどころではなかった……」
「その様子じゃ今回はネコやらされたのか」
あっはっはと笑う髭切に友成が恨めしげにチーズを投げつけると、彼女は犬のように正確にそれを口で受け止めてみせた。
「悩んでいると見た」
「……悩んでる?俺がか?」
「そう。仇なす敵と見れば毛ほども躊躇しない、あの古備前友成が。……好きでいることと否定することは同列ではない、これには僕も賛同さ。ただしこれには注釈がついていてね……」
好きでいるものがこの世で唯一、あるいは世界にも等しいものであった場合。
「それは裏切りと同義になるのさ」
髭切が噛み砕いたチョコレートから、鮮やかな赤い果汁が滴る。血のようだった。

戯れにチョコレートとチーズを口移しで分け合っているうちに、あいだに何も挟まないまま貪るものはお互いの舌と唾液にとって代わっていた。髭切が座っていたソファの上で、裸に剥かれた友成は目の前の人斬りの女が自分の胸の頂をぱくりと咥えたのを見た。
「は……ぅ」
「ん〜、あいひゃわらるのはわりごごひらね」
「しゃ、べるなそこで、ぁ」
髭切が下で頂を転がすたびに、腰が甘くしびれて揺らめく。気をよくした髭切は触れられていない方の飾りも指で挟んだり沈めたりするから、快感は単純に倍増して友成は頭を振った。思考には靄がかかったようで、友成の頭の中には今この部屋に2人でいて、今から髭切に食べられてしまうこと以外の全てが切り離されてしまっていた。
「……友、友」
髭切の頭を抱き込んで、友成が舌足らずに呼ばうのは人斬りの真名だ。こうなるといよいよ、友成の頭には姦淫しかないことが明白で、髭切は知らず舌なめずりをした。
「うんうん、ちょっと待ってねぇ。お〜、ばっちり」
「あ、あ、あっ」
片膝裏を抱え上げて明るみに晒された友成の蜜壺は今にも溢れそうに潤っていて、髭切が指を沈めると簡単に決壊した。溢れた愛液を女陰の直ぐ上の、まだつつましく顔を見せない陰核を乱暴に露出させて塗りこめると、友成の肢体が面白いほどわなないた。
「あ、ああっ!や、いやだ、だめ、だめ、とも、だめぇ」
「まだ準備だからね〜。一回イっとこうか」
だらしなくひらいた友成の口へ舌を差し込み、膣へは長く嫋やかな指を3本ほど潜らせる。
腹の裏側の弱い所を責め立てられて、口をまさぐられる快感が作用して、身体を浸す絶頂感は友成の意識を離れて育っていく。悦んで浮き上がる腰はさらなる刺激を求めて浅ましく上下する。制止しようとした手は震えて、髭切の腕を弱くひっかくばかりで、子猫みたいだとおかしくなる。
「んっ、う、ふ、あ、ふあぁ」
「ふふ、ね、イク?中すごいよ」
「っん、い、いく、いく、いっちゃう」
「いいよ、うぐいす、かわいい、かわいい」
髭切は欲の熱に浮かされたような友成の様子をうかがいながら、女を辱めるのとは逆片側の手で、そろりそろりと蜜壺の下へと手を這わせる。もう一つの壺の入り口をそっと撫でると、友成の女の胎がかわいそうなほど縮み上がった。それが彼女自身にも分かったのだろう。
「とも、だめだそこは」
絶頂を間近に控えた期待を隠し切れない淫靡な瞳が、涙を散らして首を必死に振った。知っているからだろう、この先の快楽を。
「嘘はよくないね」
髭切がにっこり嗤ってそこに指を沈めた刹那、悦楽の果てを極めた友成の胎からは歓喜の洪水が滴る。がくりと仰け反る白い首に噛みつきながら、髭切は前から後ろから、友成の中を蹂躙する。普段は無能の猿を従える美しき猛禽の女王が、自分の前では憐れ艶やかに啼くだけの小鳥だ。それが自分の主人で、愛人で、乳姉妹で。おまけに友成に執着している女狐では終ぞ彼女をこんなに蕩かせることなどなかろう。髭切には確信があった。こんなに楽しいことがあるだろうか。
「あーーーーッ、ん、あ、あああーーーッ」
とける。恥も外聞も捨てた友成は悦すぎて頂上から降りてこられないようで、髭切の手が弱いところをかすめるたびに極めて泣き喚く。あしがなくなる。眉根を寄せて、涙で碌に見えてもいない目で髭切を探している。こわい。この地獄の快楽からの解放を希う。とけてないか?悦過ぎて怖いだなんてなんて可愛らしいのだろう。「大丈夫だよ、」そんなこと言われて止まれるわけがないのに!ばかになった蛇口でももう少し閉まりがあるだろう。指を銜え込んだまま、前は足りないと言わんばかりに蠕動して、隙間から絶え間なく涎を垂らしている。後ろは怠けるなと叱咤して、食い締めては自ら感じ入る。
「すごいすごい、まだ出るの?溜まってたのかい」
「っはぁ、はあ、っあぁ!やだ、友ッ……んああぁっ、こわ、こわれる」
「女狐はよっぽどヘタクソなのかな、それともーーー」
ここは僕とお前だけの秘密だったりするのかなぁ?
「お、お………ッ、」
一等大きな快感には、声すら忘れる。
「は、あ、あー……っ…………はー…………あー…………」
往なすための思考回路も壊されて、真に受けて行き場をなくして暴れる快さに言葉もない。
「きもちよさそうだねぇ」
「……い、い………はー………きもちぃ………いー、ひぃっ………」
「よしよし、」
満足した髭切が友成の中から引きあげても、、前も後ろも名残を惜しむように口を開けていた。多分トんじゃってるなあ、と思いながら、髭切は絶頂しきりの友成の髪をそっと撫でて、ほんのり腫れた眦に口づけた。
「僕とならいつでも飛べるのに。むずかしいねえ、鶯……」

母上。
俺は、家督を大包平に譲ろうと思う。
先々代の臓物を見た、幼き日のあのときと何も変わらない瞳でそう言った友成に、驚くものは誰もいなかった。父は何も言わず、母は笑って呆れ、一番五月蠅いと思っていた弟は何もかも知っていたようにただ、友成を見つめていた。
後ろに控えていた髭切は、予想通りの結果に忍び嗤う。友成は顔色こそ変えないが、内心僅かでなく動揺しているだろう。それが面白い。だが、少し考えれば誰にでもわかることである。

鳥は、空を飛んでこそだ。
その美しい羽根に牙を立てられる前にーーー自分らしくないけれど、そう、思わずにはいられなかったのだ。



▼どうか、