specific medicine(巣泉)  2008/11/1

「……あ、れ? 泉?」
「…………あ」

部室に足を踏み入れた瞬間に目に入ってきた光景。
ドアを開けた巣山と目が合った泉は、音に出すことなく口だけで「やべ」と呟いた。


「……サボり?」
「あー……まーね。そー言う巣山は?」
「うちは今の時間自習になってさ。もー少ししたら栄口も来るはず」
「ふーん」

只今昼休み明けの5時間目。
泉は部室でごろりと横になっていた。
巣山は内心で首を傾げる。

「具合悪ィの?」
「別に、平気だけど」
「……そっか?」
「おー」

今の泉は何かが変だ、と思う。
ただの直感に過ぎないが。

「泉1人しかいねーの?」
「そーだよ」
「三橋と田島は? コンビニでも行ってんのか?」
「……あいつらは授業出てるはずだぜ」
「……出てんのか」
「多分な」

多分。多分というのはどういうことだ。
巣山はわずかに顔をしかめ、それ以上は何も言わずに靴を脱いだ。
寝転がる泉の足のあたりに座り、手近にあった野球雑誌を読み始める。
数分経ったところで、背中にずしりと重みがかけられた。
それにも動じず、あえてそのまま雑誌を読み続ける。

「……巣山」
「んー?」
「栄口こねーじゃん」
「そだな」
「巣山もサボりじゃねーの?」
「違うって」
「ちゃんと聞いてんのかよ」
「聞いてるよ」
「生返事くせーぞ」

背中から直接響く泉の声。
預けられた重みに不快さは全くない。

「……泉」
「何」
「どした?」

沈黙する泉。
雑誌のページを捲る音がやけに大きく響いた。

「……どーもしねーし」
「まあそれは嘘だな」
「速攻否定か」
「そんくらいわかるよ」

ごん、と首の下あたりに軽い衝撃がきた。
背中だけでなく、頭まで預けられたらしい。

「泉ーいてーぞー」
「うっさい」
「いろいろ言っちまうなら今のうちだぞ。そのうち栄口が来る」
「こねーじゃん」
「だから今のうちだって。何がなんでも言いたくない、ってんなら、無理強いはしないけど」

再び黙る泉。
しばらく経ってから、小さく溜息をついた。

「……なんか今日俺疲れてんのかもしんない」
「珍しいな。……三橋と田島がなんかしたのか?」
「…………なんでそこでそう繋がるんだよ」
「さっき。2人の名前出したとき、なんか間があったような気がすんだけど」
「どんだけ洞察力あんだよ……」
「そんくらいわかるって言っただろ。泉のことなんだし」

巣山の背中に寄りかかったまま、泉がぐっと伸びをする。
ぼんやりと天井を見上げながら口を開いた。

「なんつーかさー……俺普段三橋と田島のストッパーしてるだろ?」
「泉は良くやってると思うけど。大変だろあの2人じゃ」
「そらもう。……で、だ」
「うん」

なんか疲れちゃった。
泉の小さすぎる呟きを、巣山はかろうじて聞き取った。
再び溜息をつく泉。

「……2人が悪いわけじゃねーんだよ。普段は俺だって楽しんでやってるわけだし」
「そだな、そう見える」
「…………そうなんだけどさ。……あー、なんて言ったらいーのかよくわかんねー」

9組で、3人で――あるいは4人で――つるんでいるのは嫌いではない。
嫌いではないどころか好きでたまらない。
のだが。
今日は少々勝手が違った。何故かは自分でもわからない。
昼休み中2人のペースに巻き込まれ(浜田はそのときいなかった)、予鈴が鳴る頃には正直へばってしまっていた。
そうして、戻ってきた浜田から苦笑混じりに「お疲れ」と言われて。
……ふと。その扱いに疲れてしまったのだ。
そうしてぐったりしたようなげんなりしたような気分で授業に出る気にもならず、三橋と田島の目を盗んで教室を出てきた。
見つかったら2人とも一緒にサボると言うに決まっている。
1人でだらけて5時間目の内に気分を戻そうと思ったのだが、巣山が来たことでその予定は少々変わってしまった。
どこからどう説明したものかと泉が悩んでいると、巣山が小さく口を開いた。

「……でもさ、好きだろ? あいつら」
「…………好きだよ。当たり前だろ」

わかってる。
わかってるわかってるそんなこと。
あいつらに何か言いたい訳じゃない。
そんなことしたい訳じゃないのだ。
自分の立ち位置くらい、ちゃんと知っている。

「……あー。ッたくもー!」

一声叫び、泉がむくりと身体を起こす。
巣山は支えを失って一瞬後ろに倒れかけたが、すぐに体勢を立て直した。
その身体に後ろから抱きつく泉。

「あいつらも好きだけど巣山も好きだよ」
「そりゃどーも」
「俺、部室来て正解だったな」
「のんびりできたか?」
「それはあんまり」

ああ、でも。
多分これで大丈夫だ。
根拠は確かに何一つないのだが、それでも。
そう考えて、泉は巣山の身体に回した腕に力を込めた。

「……来たのが巣山で良かったよ」
「そうか?」
「うん」

抱きついたまま、相変わらずでけー背中だなあと思う泉。
背中が、というか器が大きいのかもしれない。
そーゆーとこが好きなんだけど、とは内心でだけ呟いて。

「……巣山、」

小声で呼ばれ、首だけで後ろを振り向く巣山。
その頬に、泉は不意打ちで口付けた。



― ― ― ― ― ― ―

栄口は部室の外で待機中。話は聞こえてないけど。

ちなみにこれが管理人と泉の『裏取引』の結果です。なんのことかすぐにわかった方は非常にいい記憶力もしくは観察眼をお持ちだと思います(笑)









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